さてどうしようかなと、朝一で処理しなければならない書類に目を通しながら真面目に考える素振りをしてみせる。いや、真面目には考えている。どんな嘘をつこうか、をだが。
今日がエイプリルフールだとが気付いたのは、朝歯磨きをしながらぼんやりテレビを眺めていた時だ。生まれてこの方エイプリルフールに嘘なんてついた事はなく、そもそもイベント事を楽しんだ記憶もなくここまできた。そうかぁエイプリルフールかぁと気が付いたはいいが、どんな嘘をついたらいいのか少しも浮かびやしない。つくなら人を傷つけない嘘がいい、楽しい嘘なら尚いいが案外難しいものだ。

「そわそわして、どうしたの?」

隣の席のレナに声をかけられどきりとする。そわそわしているように見えたのか。実際、嘘をつくかつかないかで終始そわそわはしていた。えーと、と濁そうとした瞬間、ぴこんと閃きが舞い降りる。あるではないか、誰も傷つけずにまぁ特に楽しくはないけれど、どちらかと言えば自分が後から悲しくなるような嘘だけれど、ハッピーとは縁遠いけれど、無難で丁度いいものが。

「んふふ、実は、彼氏ができたんですよ」
「っ、やば、あっつ!」

声に驚き振り返ると、紙コップを滑り落としたキバナが受け止めようとうっかりそれを握り締め、派手にコーヒーをぶち撒けていた。ちなみにアイスではない、ホットである。キバナさまにコーヒーを溢したせいで出来た不名誉な火傷の跡なんて残してはならない!もレナも顔面蒼白。椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がり、はパステルカラーのタオルをキバナのユニフォームに押し付けた。濡れたユニフォームが肌に触れないよう、少し手前に引っ張って、慎重に。

「いいって、汚れるから」
「その為のタオルじゃないですか」

は笑ってみせるが、キバナは複雑な表情。笑っているつもりではいるようだがどこかぎこちない。
それからのキバナときたら何もない所で躓くわ、大抵の場所は少し屈まないと潜れないのが今となってはキバナの当たり前だろうに額を派手にぶつけるわ、ボールを手から溢して空振りするわ。とてもベタに様子がおかしい。

「キバナさま、今日は調子が悪そうですね」

隣に座ったはキバナと同じ目線になる。誰もがキバナを見上げる景色に慣れているが、同じ目線のこの距離に彼女は中々慣れる事が出来ずいつもなら目を泳がせてしまうのだが、今日は違った。

「心ここにあらず、というか」

心配でたまらない、の瞳が訴えかける。

「あー、うん…ちょっとな…」

言うか、言うまいか少し悩んで、聞いてくれるか?というキバナの問いに、はい、とが微笑むと、キバナの垂れ目が今日ようやっと緩やかな弧を描いた。

「実は、いいなぁと思っていた子に、彼氏ができたみたいでさ」
「それ、は、辛いですね…」

どう言葉をかけていいのか分からず、思わずは視線を逸らした。今日のはいつもと違ったはず、だったのに。上手く言葉を紡げず自分が俯いてしまうなんて。そんな彼女の様子を伺いながら、キバナはぽつりと呟く。膝に両肘をつき、口元を大きな手で隠しているキバナの瞳は切なげ。

「お前の事、なんだけれど」
「…へ、」

何のことやら、はゆっくり首を傾げる。

「彼氏? え、いない、です…」
「は? だって今朝」

今朝?言われて、はっ、とした。そうだ、そうだった思い出した。今日はエイプリルフールだからと慣れない嘘をついたのだ。今の今まですっかり忘れていた事を思い出し、かと思ったら次にはそれがキバナを落ち込ませる原因になっていた事を理解し頭を抱えた。人を傷つける嘘はつきたくないと決めたはずが、よりにもよってキバナを傷つけるなんて大失態である。まさかそんなキバナさまが自分にベクトルを向けているだなんて思うわけがない!

「え?」
「おい、いないって何?」
「え? まっ、え? えぇ? キバナさまが気になってた人って、わ、私」
「なぁいないって本当に? どういうこと?」
「あ、あ〜、それ、は」

はちらちらとカレンダーに目配せをする。だって今日はエイプリルフール。へらっと笑って誤魔化そうとする彼女に、キバナは深く溜息を吐いた。

「っ、は〜〜〜〜」
「ごめん、なさい」

ついた嘘の内容が虚しいやら、申し訳ないやら、恥ずかしいやらで萎んで無くなりたいと思うよりも、物理的に小さく蹲るキバナ。

「オレだっさ…焦って告るとかないわ…」

しかも今日は動揺のあまり散々情けない所を見せてしまった日でもあった。もっとスマートに決めようと思っていたのに、とあのキバナが体を小さく、耳は真っ赤にしている。こんなにも小さなキバナを見るのは最初で最後かもしれない。

「何笑ってんだよ」
「ご、ごめんなさい」
「悪いと思っているならそこに立てこら」
「はいっ!!」

慌ててキバナを向いて起立。

「さっきから謝ってばかりだな」

立ち上がったキバナはするり、との首に両腕を回すと自身に引き寄せた。突然の事に目をパチクリさせるは、咄嗟にキバナのパーカーの裾をきゅっと握る。キバナとしては嫌なら押し返して欲しい所だったが、押し返されず良かった、嫌ではないのか、と芽生える期待に待った無し。の頭部に自身の額をくっつけると、彼女を完全に包囲する。

「オレとしては、他に聞きたい言葉があるんだけれど、聞かせてくれねぇの?」

甘い声で囁かれ、逃げ道を失ったがキャパオーバーで卒倒するまで、あと数秒。









嘘の日のほんとう














2021/04/1