「う、そ…」
が、笑ってる」

と佳主馬の様子を遠巻きに見守っていた、いや訂正し、覗き見していた一部親戚たちは一瞬で言葉を失った。緩んだ口元は弧を描きくすくすとの笑う姿を瞳に映したのはいつ振りか、過去を振り返っても思い出せないくらい遠い。理香に続き直美がワンパターンにも目を見開いて驚き、瞬きをすることすらすっかり忘れてしまっている。それはの兄である翔太も同じで正に今イカを食そうとしていた大口をあんぐりと開けたまま、三次元の世界に住む人間だというのに静止画を作ったきり微動だにしない。おかげでイカに塗られたタレが翔太の手を伝い、今にも滴り落ちそう。
翔太たちの様子がおかしいことに気付いた夏希と健二が小首を傾げ事態を伺うと、直美がと佳主馬を指差す。

「っ、が笑ってる! もしかして、佳主馬くんが?!」
「何をしたかは知らないけどね」
「でもあの佳主馬が冗談言うなんて想像できないしなー」
「気になるっ」
「なにはともあれ佳主馬くんでかしたよっ!」

夏希と一緒になってまるでまだ若い女の子のように、理香と直美までもきゃーきゃーと手を握り合い騒ぎ出す。健二としても実に微笑ましい光景で、嬉しくないわけがない。その気持ちが口に出さずとも夏希に伝わってしまったのか、夏希は健二の手を取ると強引にはしゃぎ回る三人の輪に引き込んでしまった。状況に戸惑いと羞恥を覚えたが、純粋に喜んでいる三人の姿を視線で追っていくとそんなものは次第にどうでもよくなっていく。

「俺は認めないからな!!」

行き成り声を張り上げた翔太に、四人の肩がビクッと震える。といっても見て取れたのは健二だけで実際に健二の心臓だけは驚きのあまり、バクバクと尋常じゃない鼓動を高鳴らしていた。カウンターというのか、フェイントというのか、とにかく突然の行動はやめてください、せめて事前の忠告が欲しいところです。
じとっと翔太を睨み付ける理香と直美の顔には、空気読めよとゴシック体の太文字でしっかりと見やすく書かれている。

「何よ急に」
「びっくりしたぁ」

この数日の間に夏希と健二を相手に何度も聞いた台詞が、今ここでこのタイミングで出てくるなんて誰が予想できただろう。わなわなとイカを持つ手は震え、手に伝っていたタレは角度を変えられたことから肘に到達しようとしている。

「佳主馬はまだ中一だろ! 年の差だってある!」

夏希たちからしてみれば、確かにそういう色恋沙汰も含めての騒ぎっぷりだったわけだが、翔太までもがそれを意識して発言するとは。つまりは佳主馬とはそういう関係に発展してしまうのではないだろうかという一つの可能性を少なからず考えてしまった、と捉えられる。ここはまず、が感情を表に出して表現したことを喜ぶべきところではないだろうか。現に、健二の視界のほんの四隅に入っている太助はだらしなくわんわんと泣いている。
それにしても、翔太のまさかの反応に少々ぽかんと呆けてしまう理香と直美。だがやり取りは普段と同じく相変わらずだ。

「そんなの関係ないわよ。ねぇ?」
「そうよ。ねぇ?」

意地悪くニヤニヤと笑って見せる二人に、翔太が険しい顔で反論する。

「いとこ同士は結婚できねーし!」

突発過ぎる発言に健二だけでなく夏希までもが苦笑を浮かべる。感情が高まり暴走してしまっている翔太を鎮める方法は見当たりそうにもない、何を言っても火に油。通常は白色であるはずの白目は血走り赤く充血している。

「話とびすぎ」
「しかも結婚できるし」
「うっ、うるせー!!」

何を言い返しても一刀両断されてしまい言葉に強みのない翔太は、健二の肩を抱くと仲間を作るべく誘導作戦におどりでた。無理矢理に貼り付けた笑顔はぎこちなく引き攣り、逆に恐怖を感じる。これが子供相手だとしたら涙を誘い、大泣き大騒ぎになること間違いなしだ。現役警察官がまさかの逮捕もあり得る。肩を鷲掴む力は尋常ではなく、聞こえもしない骨のぎしぎしという音が聞こえてきそうなくらい。健二は痛みに体を捩ってみるが翔太は逃がすまいとして、さらに力をこめる。

「な! 佳主馬はねぇよな!」

詰め寄るように顔を近づけてきた翔太に一瞬息を呑むが、溜め込んだ二酸化炭素を静かに吐き出すとゆっくり口を開く。

「…ボクは、お似合いだと思いますけれど」

見ていられない翔太の破顔っぷりに健二は思わず顔を背けた。微かな風が吹いただけでも砂のようにさーっと飛ばされてしまいそうな存在感に、逆に申し訳ない気持ちで満ちる。夏希絡みでなければ感情的に狂乱する姿を見せることをしなかった翔太が、侘助の時といい今回の佳主馬の件といい、他の者たちが驚くほどに慌てふためく。

「なんだかんだ言っておきながら、翔太ってシスコンよね」
「同意〜」









第三者視点









「ねぇねぇ、佳主馬くんってあり?」
「ありって、なにが?」
「でもまだ中坊だしねぇ、あーんな可愛い身なりじゃ範疇外かぁ」

理香と直美でを挟み込み正面には夏希が待機、の逃げ道は完全に失われた。いつもなら囲い込まれた時点で怪しいと疑いの眼差しを向けているだろうに、今回はさして気にもとめていないようで反応はクール。むしろどこか機嫌の良いように見えなくもない。

「そう? 佳主馬はかっこいいよ」
「っ?!」














2010/12/20(2020/5/7一部修正)