『昨晩、キバナさんが女性と一緒にいる所を見かけてしまったのですが』

何度も打ち直した文章、躊躇ってようやく送信ボタンを押したというのに既読になるのはあまりにもあっさりで、その瞬間バクバクと心臓の高鳴りが増した。既読される前なら送信を削除することもできたのに、もう叶わない。心臓が煩い。鳴り止め。いっそとまれ。

『どの人だろう?でも、仕事で会った人だよ』

キバナさんでもありきたりな常套句を使うんだな、と緊張で加速する心音とは裏腹に冷静な自分もいた。どこか他人事だと思っているのだ。浮気された事がじゃない、キバナさんとお付き合いできたこと自体を、だ。

『すみません、キスをしている所を見てしまいました』

わたしが悪い訳じゃあないのに、何故かついすみませんと言ってしまうのは相手がキバナさんだからか、それともわたしがカントー地方出身だからか。隣に並べば釣り合いもしないだろうわたしが、キバナさんと恋人になれた事実も、こうなってしまうと正直疑わしい。

ちゃんのことも好きだよ、それじゃあダメ?』

あぁ、ちゃんと付き合ってはいたみたい。そうなんだ、付き合ってはいたのか。現実、だったのか。
キバナさんとの関係を続けていきたいのなら、きっとここはダメじゃないと答えるべきなのだろうけれど、恋愛初心者で男遊びとは無縁のわたしには、遠い世界すぎて受け入れ難い。受け入れ難くても、受け入れないと、ダメと言った先の答えは、わかりきっているのに。
死ぬまでに心臓が鼓動する回数は決まっているなんて言うけれど、わたしの場合はあと何回なんだろう。今、指先がディスプレイに届く間までにとまってくれないだろうかなんて、少しメンヘラチックか。
吐き出しそうなくらいの緊張に反して、指先の震えは全くなかった。

『そうですね』

絵文字でも挟めば多少は空気が和らぐだろうに、文字だけのやりとりは、とても冷え切っていて感情が全く読み取れない。それはお互いにだけれど。

『じゃあ、別れよっか』

夢でも見ているんじゃないかと何度も思ってはスマホのアドレス帳を開いては閉じてを繰り返し、その度にキバナさんの名前があることに、わたしはすっかり浮かれていたし、頭も正常に働いていなかった。この一週間仕事をこなしつつも、恋人同士のメッセージなんてどんな感じに送ればいいのかなぁ、なんて考えに考え、悩みに悩み、ようやく週末に送ってみようと気合をいれた矢先、まさかの浮気現場。もしかしたらわたしの方が浮気相手だったのかも。浮気どころかただ遊ばれただけなのかも。クラスで人気者の男の子がちょっとどんくさい女の子に悪戯心で声をかける、それだったのかもしれない。結局何もなく終わってしまい、キバナさんもつまらなかっただろう。カントー地方出身の女はつまらないなと思わせてしまってたら、カントー地方の女性方、すみません。キバナさん、つまらないのはカントー地方出身の女性ではなく、わたしです。あぁそもそも、わたしがカントー地方出身なんて、存じ上げませんよね。本当、すみません、つまらない女で。

『わかりました』

さて、今メッセージのやり取りをしていた相手は本当にあのキバナさんなのだろうか。顔も見えない、声も聞こえない。ディスプレイに表示される文字は、スマホの機種によって違いはあれど、誰が送ったって同じフォントではないか。
バクバク煩かった心臓がゆっくりと正常に戻る。煩かったのはわたしの心臓だけで、テレビの音も、音楽もない静かな部屋。下の部屋の人は窓を全開にしているようで、どっと笑い声と生活音をだだ漏れにしている。わたしを唯一照らしていたスマホのディスプレイが暗くなったら、いよいよ自分がいかにちっぽけな存在なのかを思い知らされた気持ちだ。 ベッドに背中から倒れ込み、ゆっくり息をはく。夜中の23時を過ぎているが化粧はまだ落としていないし、服も着替えられていないのに、わたしは瞼を閉じた。

はじめてのメッセージが別れ話だなんて、最高に笑える。









指先まで、あと、