「そういえばキバナさん、写真撮られてたね?」
「デマでも世間が騒いで雑誌が売れればいいと思ってるのよ」
「本当だからいいんじゃないの」

サラダをバクバクと口に運びながら言い放ったはどの角度から見ても不機嫌。さっきまでは確かに穏やかな笑顔を浮かべていたのに、キバナの話題が出た途端声のトーンががくんと落ちた。

「ほ、本当って…」
「それなら浮気じゃない」
「別れたから」
「わっ、」

別れた?!ソニアと大声を上げてしまい、はっと口元を両手で覆った。お店の人と他のお客さんの視線に、二人でペコペコと頭をさげ慌ててに向き直る。とキバナは至って良い関係を築いていたはず。それが急に別れた、だなんて。

「どうして」
「どうしてって、」

わなわなと、は顔を赤く染め上げる。

「最後の一言が余りに腹立って喧嘩した内容なんか覚えてない!」

今度はが大声をあげた。わたしとソニアは再びお店の人と他のお客さんにペコペコと頭をさげる羽目になったけれど、それどころではない話だ。

「な、何を言われたの?」

恐る恐るソニアが聞く。この子がこんなにも怒るだなんて珍しい。だからこそ気になって仕方なくもあり、逆に怖くて聞きたくない気持ちもあった。
ぎゅっと一文字をきめていた小さな唇が、悲しげな表情に変わると同時に解かれる。

「オレだって、その申し訳程度の胸じゃあつまんねぇよ、って」

小さな声でぽつりと言ったは、目元にじわりと涙を滲ませた。それはが一番に気にしていたことだ。特にキバナと恋人になってからはあの男の見目を考えれば自分なんか、と卑下しがちな彼女をよくわたしとソニアで励ましていた頃が懐かしい。それでも二人が上手く続いていたのは、キバナはキバナで世間の印象とは真逆の誠実で穏やかな人間であったこと、そしても決してトップジムリーダーのキバナというブランドではなく、本来のままのキバナと向き合ってくれる人だったからだ。

「内面の事ならいくらでもいいよ、悪い所なら直しようがある、けど、外見の事言われたらどうしようもない、努力してもどうにもならなかったの! それこそ豊胸手術でもしない限り無理じゃない」

息継ぎもなしに言い切ったは、ボロボロと矢継ぎ早に流れる涙を拭こうともせずお構いなしに言葉を繋げる。

「もう顔も見たくないのに、どこ歩いててもポスターとか広告があるし、テレビをつければどのチャンネルにもいるから、しんどい」

ガラルからいなくなりたい、と、そう言って、もさもさと残りのサラダを口に運ぶ。は決してキバナの容姿で彼を好きになったわけではない。けれど派手な見目の彼と自分が釣り合っていない事がずっと引っかかっていたようだ。わたしたちから見た二人は雰囲気もそうだけれど、並んで寄り添っている姿なんてとてもお似合いで、劣っているなんては自己評価が低すぎるとソニアとボヤいていたくらいなのに。
一番に気にしていた外見の一つを言われて、はとうとう自信をなくしてしまっている。それもきっと、まだキバナの事を好きだから。

「よし、ここのランチはわたしが出す」
「やった〜ありがとルリナ」
「ソニアは自分で出して」
「え〜っ!」
「それから、今晩の都合はどう?」

良かったらうちでパジャマパーティーでもしましょうよと提案すると、弱々しくもがにこりと微笑んだ。

「ソニアは来なくてもいいけれど?」
「やだー! 行くよ?! 仲間外れにしないで!」





***




「聞いたわよ」

会議を終え、休憩所でコーヒーのボタンを押そうとしていたキバナに一言かける。詳しく言わずとも、何の事か察しがついたらしい。そりゃあそうでしょうね、彼は聡い男であるし、なんせは元々わたしの友達。キバナがあの子と知り合えたのもわたしの存在があったから。
コーヒーを諦め近くのソファに座るキバナを上から見下ろす。

「それで、あの写真は嫌がらせ?」
「そんなわけない、油断してて」

あれもヤケになって魔が刺したというか、とボソボソと言う情けない姿に苛立つ。

「それでもやることやったんでしょ?」
「お前なぁ、ハッキリ言うかよ普通」
「濁して欲しいわけ? わたしの友達は傷つけておいて随分都合がいいわね」
「…」

押し黙るしか出来ないキバナに苛立ちが増す。キバナならいいかなんて、大事な友達を紹介してしまったのだから自分が心底嫌になる。

「本心じゃ、なかったんだ」
「けど喧嘩のついでについ口から出たって事は不満があったって事じゃないの」
「い、や、だから、それは、」

追い立てられてこんなにも表情に余裕がないキバナは初めて見るかもしれない。

「今めちゃくちゃ後悔してるんだよ、やり直したいって思ってる」
「はぁ?!」

思いの外大きな声が出てしまった。もしかしたら廊下の奥まで響いていたかもしれない。けれどそんな事、知ったことか。

「キバナ、あなたほんっとうに馬鹿ね、そんなに馬鹿とは知らなかったわ!」
「なっ、なんだよ、」
「知らないようだから教えてあげる。あの子、元鞘なし派よ」

一度別れたらヨリは戻さない、なりの恋愛をする上でのルールがそれだ。よりにもよって、唯一のルールをキバナは犯してしまったのだ。そして大人しい見た目に反して案外、こうと決めたら意思は固い。それは流石にキバナでも知っているはず。

「は、う、うそだろ? なぁ?!」
「嘘言ってどうするのよ!」
「まじ、か…おい…」
「もう無理だから、素直に諦めなさい」

頭を抱えるキバナの後頭部を眺めながら、なんて愚かな男だろうとわたしの目はすっかり冷め切っていた。

「ご愁傷様、逃した魚は大きかったわね」









ヨリを戻すためにキバナさんが奮闘する話