他の誰もが近寄らない納戸を佳主馬は四六時中占拠し、起床就寝すらもそこで過ごす。敷き布団もタオルケットもまとめて三つ折りにしただけのそれは、片手でひょいと引っ張ってさえしまえば寝床のできあがり。床の上に一枚だけ敷いた布団はたった一枚程度では意味を成さないほどに床の固さを感じられ疲労回復が可能な安眠など程遠い気もするが、佳主馬にとってはさして気にする値には至らないらしい。心神と共に鍛え上げられた身体は軽度の体調不良程度では何それおいしいんですか、と本気で言いそうなくらいに他人事。風邪ひきと同じ部屋で一晩寝たとしても、感染する様子ひとつ見せずにおはようと挨拶をする光景が容易に想像できる。尋常ではない健康体が羨ましいような、佳主馬と同じ男でありながらも夏希に負けないくらい細身で体育が得意ではない不健康そうと印象が強い健二にとっては、羨ましいような、そうでもないような。

キシリ、と床板と床板がこすれあう音が佳主馬の聴覚を刺激させ重い瞼をなんとか持ち上げる。あまりの睡魔に耐え切れず少しだけ、と瞼を閉じたつもりが一瞬意識を手放していたようだ。ものの数秒だったのか、まさか数分だったのか分からない。一度誘惑に負けてしまえばそれがソファの上だろうと身体の疲れが微塵もとれない座椅子の上だろうと、寝床までの道のりが苦痛でならない。あと少し、もう少しだけとまた瞼を閉じてしまえば流石にアウト。そうして睡眠を優先してしまえば、翌朝きしむ体に鞭をうって稼動しなければならなくなるのだ。人はそれを自業自得という。寝床も重要かもしれない、けれどそれ以上に大切なのは十分な睡眠時間だ。

さん、もどるの?」

布団を敷き整えてくれていたの姿を捉え、意識が朦朧としていながらも真っ先に脳裏に浮かんだ言葉を声にした。寝起きの擦れた、なんとなくだが呂律の回っていない様子の佳主馬に、は優しい表情で微笑む。それがどこか佳主馬には、恋人ではなくて年上のお姉さんの眼差しに見え寝起きだというのに妙に鮮明な意識の中項垂れる。が少しでも関わると、考えがどうにもネガティブになってしまいどうしようもなくなる傾向が強すぎた。もしかしたら今だって最近の思い込みが激しすぎるせいで、自身は佳主馬が思うようには思っていないかもしれないじゃあないか。あくまで、かも、なのだが。

「布団で寝ないと、体痛めるよ」

手をひかれ、促されるまま倒れこむように柔らかな布団に身を委ねる。ふわりと薄手のタオルケットがかけられてしまい、これはもう朝までとり付かれたように睡眠を貪るコースで確定だ。これでは本当に子供扱い、彼氏らしさはゼロ、見当たりすらしない。

「遅くまで、ごめんね」

ごめんね、なんてが謝る必要なんてどこにもないのに、どうして申し訳なさそうに自分の顔を見下げているのか。そもそも佳主馬が勉強を教えて欲しいとの時間を貰っていたのだ。もしも謝らないといけないというのであれば自分の方、なにせ勉強を教えて欲しいだなんて、単なる口実にすぎないのだから。
咄嗟に行かないでと引き止めたくても、指一本すらぴくりとも動こうとしないことに一瞬困惑する。普段なら思うがまま動かせて当たり前の身体の一部が、おやすみモードになった途端に意識だけははっきりと覚醒していて、幽体離脱を体験でもしているようだ。に手助けして貰ったとはいえ自力で布団にダイブできた事実が信じられない。二度続いたカチリ、という音と共に明かりが消え真っ暗になった部屋を照らすのは扉から射し込まれた月の光。うっすらとだけ確認できる視界ではあるが、ぼんやりと浮かんで見えるシルエットは間違いなくのもの。

さん)

ついさっきは発せた声も空振りで終わる。だというのに、佳主馬の呼び声に気付いたかのように再び膝をつき佳主馬を見下げる。

「おやすみ」

寝てしまったのだろうと気遣い起こさないよう囁かれた一言が、余計に佳主馬の心を寂しくさせ、納戸の扉を閉めるがみえなくなるまで見つめていた。
昼間、無防備にも佳主馬の隣でつい寝入ってしまうことがあるが、あくまで日中だけ。少しでも長くが傍に居てくれるというのであれば、どんな願い事だって叶わなくたっていい。特別な何かがなくたって、寄り添うように一夜を過ごし目覚めてすぐに愛しい人を瞳に焼き付ける。それだけが十分に特別なことなんじゃないかと思うのは、自分だけなのだろうか。それともあまりにも女々しくて、子供じみてる発想なのだろうか。

(もしかしたら、そうなのかもしれない)

だとしたら諦めなければならないことが多すぎて、キング・カズマといえど正直両手をあげ降参を申し出たくなる。感情を押し殺すタイプのは手強過ぎる。押し殺しているのかも明確ではないが、こんなにも気持ちが悪いくらいに目で追ってしまっているのに、の心のほんの一欠けらすら、分からないだなんて。

されて嫌なことはなに?
苦手なことは?
してほしいことは?
僕の嫌なところはないの?

ねぇ、さん、どこからどこまでなら許してくれる?

本人に聞くなんて野暮、極まりない。けれど考えても考えても答えはでなくて、もしかして答えなんて実はどこにもおちてないんじゃないかって、不安になる。遠のいていく意識の中、明日はどうなるんだろうなんて、明日にならなきゃ分からないこと。









これがお付き合いをしている男女なのだろうか?









触れ合うことも今まで通りで。さんを全身で抱き締めた最後の日は、いつだっけ?