「そういえば佳主馬、小学生くらいの頃、パートナー組んでたユーザーいたよね?」
携帯型のゲーム機で、ゲームをプレイしていたは唐突に思い出したと佳主馬を見上げた。次の機会に聞いてみよう、と思うまではいいが結局チャンスを逃し延々と、聞き忘れた、の繰り返し。今回は運が良い。本人が目の前にいるタイミングで今の今まで忘れていたことを急に思い出せた。ゲーム機をスリープ状態にして会話のスタンバイはばっちり。
それはカズマがまだキング・カズマになる前、そしてのアバターであるnuも全く無名の頃になる。タッグを組んでの参加試合。白く長い二本の耳が特徴なカズマとチャイナドレスを纏った女性型のアバターというOZの世界なら当たり前でありながらも、異色と思わせる組み合わせ。あまりにも視覚的に印象が強かった。勿論ビジュアルだけではない、二体が織り成す連携プレーには観客を引き寄せる十分な魅力があった。OMCをはじめる切欠になったとか、思い出深い何かがあるわけではないけれど、も魅了されたその一人。
そしてnuがOMCでのランクを2位に上げる時、対戦したのはカズマがタッグを組んでいた女性型アバターだった。勝利を獲得してから不動の2位の座に居座ることとなったnuだが、それから幾度となく女性型アバターからの果し状が届き、未だにそれは続いている。というのについつい今まで聞くのを忘れてしまっていたのは、それこそ忘れた頃を嗅ぎ付けているとしか思えないタイミングでアプローチしてくるから。
「一緒に組むくらいだから、仲良いんだね」
佳主馬はあの頃一度だけパートナーとして共に戦ったことのある友人を脳裏に思い浮かべてみる。腐れ縁というやつに含まれてしまうのか、クラスは違えど同じ県立高校に通い現在進行形で交友関係にある。しかし仲が良いのかと聞かれると疑問だ。確かにアドレス帳にプライベートな連絡先が入ってはいるが、佳主馬からメールを送ったりすることは稀で、ましてやどこかに誘ったことなど一度もない。メンツ的にはよく同じ時間を過ごすことが多い気もしたが、仲が良いかと考えたとき、やはりそれには程遠い気がした。
「別に、普通かな」
特別なことなんてない、佳主馬にとっては友人の一人にしか過ぎない。
素っ気無い佳主馬の反応に、は少しだけ残念そうにそうなんだ、と呟く。佳主馬がわざわざパートナーとして組むほどの相手であるし、OMCでのテクニックもなかなかのもの。ゲーム好きのとしては決して忘れたわけではない子供心をくすぐられたままで、このまま会話を終わらせたくない気持ちが膨らむ。けれど発展しそうもない雰囲気に諦めざるを得ないと判断してか、再度ゲーム機を起動させワールドマップを歩きはじめた。
「最近、女性のアバターでプレイヤーする男性とか、増えたよねぇ」
昔は主人公の性別がすでに決まっているものが主流だったが、今ではモンスターを狩るあのゲームも、村での生活を楽しむあのゲームも、モンスターとパートナーになって旅をするのゲームも、最初にアバターの性別を決められるようになっている。現実世界では男性だがゲームの中では女性キャラクターを扱っていたり、女性であるが男性のキャラクターを扱っていたりが今時は珍しくはない。はアバターに男性の服装をさせる傾向はあるが、アバター本来は女性の体格をベースとしている。OZを利用するにあたり必須となる本来の性別欄とアバターの容姿に関連性はなく、むしろアバターにはゲームと違って性別と言う概念が設定されていない為、なおさら悩んだことをは思い出した。
話の流れとのその口ぶりからして、佳主馬はもしかして、と首を傾げる。
「それって、その僕と組んでたユーザーのことを言ってたりする?」
「え、うん。…え?」
戦闘中にも関わらず、はぽかんと口を開けたまま佳主馬を見つめた。夏希や真紀だったら阿呆面の一言で片付けているだろうに。
(かわいいと思えちゃうんだから、病気だよね)
恋は盲目とはよく言ったものだ。
「性別のことだよね? 正真正銘、女の子だよ」
告げると、はゆっくり手元のディスプレイに視線を戻し、そう、とだけ呟いた。本当に息を吐くくらい小さな声だった。どこか切なさが見て取れる表情だったのは、自分の気のせいかと佳主馬自身の目を疑わせるほどに一瞬だった。というのも、はしゃぐ子供のようにぱっ、と笑顔を向けられては自分の勘違いだったとしか言いようがない。恐らく驚きを通り越して呆けるしかできなくなってしまったその感情が、たまたま似通った表情で表れたのだろう。
「強いし、佳主馬が仲良くしてるなら、男の子だと思ってた」
世間では所謂、偏見、と呼ぶに値する。自身は知りもしなかった事実の一つであるが、ネット上ではnuのプレイヤーは男だろうという意見が半数以上を占めていた。これも所謂、偏見だ。当然nuのプレイヤーがという真相は知られてはいないが、健二もまさか年齢の変わらぬ女の子であるとは思いもしなかったのだから、イメージの定着というのはおそろしい。
はゲーム機の電源をおとし佳主馬に向き直った。余程気にかかったのか、にしては珍しい興味のみせよう。
「女の子なんだねぇ」
しみじみと言うに、どんな反応をかえせばいいのか分からず様子を伺うふりをしてみた。
(もしかして、まさか嫉妬、とか…?)
まさか佳主馬が異性と交友関係にあるとは想像もしていなかったようであるし、僅かに期待が芽生える。
自身にも異性の友人はいるだろうから、大して珍しいことではない。けれど、佳主馬からしてみればにこそ異性との交友関係があるとはとてもではないが、想像できないのが本音である。一見控えめで物静かな雰囲気に、同性であったとしても同年代とは思えない程の落ち着きを纏った空気は近寄りがたい印象だろう。
「もう組まないの?」
多少のショックはあったのかもと期待したが、なんとも無念なことに、的外れ。
どうやら同じ性別でかなりのテクニックを持った夏帆に、大変な興味を示していらっしゃるようである。
の趣味はゲームと言い切ってしまえるほどのゲーム好き。親しくなってから佳主馬との会話は殆どゲーム関連に費やされてきた。試作品のテストプレイを頼まれたりプログラミングに協力したりと製作段階から完成までに詳しい佳主馬から聞ける話は、にとっては見慣れたスパコンよりも貴重で新鮮であった。認めたくはないが付き合いだし恋人という特別な関係になった今でも同じく、互いにOMCのプレイヤーでもあるから仕方のないことかと佳主馬も割り切ってはいるのだが、やはり納得できない部分もある。ましてや相手がと同じ女であると理解した上で「もう組まないのか」と問うなんて。
(僕だったら、凄く、焦るのに)
に親しくしている異性の友人で年齢だってと変わらない、佳主馬と違って物理的距離も年齢的差もない存在が傍にいると知っただけで気が狂いそう。近づけたと思ったのに肩書きがついただけで進展なんてちっともない。それとも佳主馬は他の子に目移りなんてしないだろう、と信用されているのだろうか。だとしたら佳主馬としては嬉しい誤算、だがやはり少しくらい拗ねた顔を見せてくれてもいいような気がするのだけれど、は決して許してくれない。嫉妬という概念そのものがの中にはないのかと考えたこともあったが、兄である翔太と和解した時に「夏希の方が可愛いみたいだし」と寂しそうに言っていたのを思い出してしまったのだ。そうともなれば翔太よりも劣る自分に、絶望しか感じなかった。
「僕はさんと組みたいって、前からずっと言ってるよね?」
言う度に困ったようには笑う。ランク1位のキング・カズマとランク2位のnuがタッグを組んだら敵う人はいるのだろうか、と自意識過剰かと悪戯っ子のように笑いながらが言ったそれは確かに正当な理由にあてはまる。まぐれで挑戦者が勝つ確率だって捨てたものではないのだろうが、奇跡に近い。その上その二体がタッグを組んでしまったら最後、スポンサーの思うつぼ。だからこそは未だにスポンサーを一社もつけていないし、キング・カズマとOMCでの接触を避けているのだ。戦ったのは一度きり、カズマが再びキングの座を射止めるその一戦だけ。その時の騒ぎようだってそれはもう尋常ではなかった。
元キング、現キングに果し状!
nuVSカズマ、勝利の女神はどちらに微笑む?!
元キング・カズマ、OMCの地に帰す!
ラブマシーンに敗退し一度は佳主馬の元を去ったスポンサーたちも、nuに勝利したことで手のひらを返したように戻ってきた。ビジネスとはそういうものだ、信頼や規約で成り立っている。キングであるからスポンサーは影で支え続けるが、キングでなくなくなってしまえばそれまで、はいおしまい。はそれが心底嫌いらしい。
「そういえば、またきてた」
「何が?」
「その、佳主馬がパートナー組んでた子から、挑戦状」
どこか楽しそうに挑発的な笑みを浮かべるは、嫌いじゃあないけれど。
交際前と何も変わらない会話に、一つの疑問がわいてくる
いとこ、っていう関係すら通り越して、まるで友達みたいな会話ばかり。これじゃあ、渡と話す内容と全然変わらない。
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