持て余す時間をどう使えばいいのかも分からなくて、携帯のウェブ画面を開いてはさして興味もないトップニュースの記事を一件ずつ見潰していく。の父である太助も、兄である翔太も仕事で不在。佳主馬にとっては翔太の存在は居ないでいてくれた方が何かと都合がいい気もしたが、やはり一番には家主の留守中に上がりこむなんて気が引けた。

「あれ、もしかして君、の彼氏さん?」

随分と耳の奥まで響く急ブレーキの高音は、こんなにも静かな田舎では昼間でもうるさ過ぎる。の名前を出されたことでつい反射的に振り返ってしまったことに、佳主馬はすこぶる後悔した。体育会系のオーラを背負った彼女は第一声だけでも十分に分かるくらい、むしろ異様なくらいテンションの高い話し方。容姿の印象としては、確かにと同じ年前後の年齢には見える。けれど瞬時に分別できる程にある内面的な差が、どう考えてもと目の前にいる彼女が友人関係にあるようには思えなかった。

「怪しいもんじゃないよ、これでもの友達だから」

これでも、と言うだけあって自身でもと友人関係にあることを不思議と思っているようではある。君もなかなか自分に正直な人だねぇ、と疑われたことに関しては少しの苛立ちすらみせない。

「で、どうなの? 彼氏さん?」
「…そう、ですけど」

つま先から足の鉄片まで舐めるようにまじまじと見られ、気分が悪い。

「いやぁようやくかぁ! でも、うん…、うんうん、かっこいーし納得だわ!」

一方的に満足そうな笑顔を向けられ、一方的に話しかけられ、全てが一方的に進んでいく。

「モテるんだから試しにでも付き合ってみればいいじゃんって、高校の時散々言ってたんだけどさ、基準にしている人がいるからその人以上じゃないと、なんて言っててねぇ。あのがそんな事言うこと自体珍しいから、いっそその人とくっついちゃえばいいのに〜とか思ってたんだよね」

どうすればそんなに早く舌が回るのかと驚愕を通り越し感嘆させられる。

「確か名前は、いとこのかずまくん」
「………は?」
「って、うわっ、今カレには言っちゃいけないトップシークレットだったか! だよね! やっばー」

やばいと言うわりには欠片も悪いと思っているようには思えないテンションの高さと高笑い。聞いているだけで疲労がたまっていく。

「おーっと、、久しぶり!」
「久しぶり、相変わらず馬鹿元気だね」

玄関に施錠もせずに家の仕切りを跨いだは、施錠を忘れているわけではなくて本気の本気で施錠せずに行くつもりらしい。アパートでは当然やってはいないだろうけれど、癖というものは恐ろしく何気なくさらっ、とやってしまうものなのだ。
やはり本人の口から確実な証言を聞くまでは、未だ自転車に跨ったままでおりるつもりのない男子高校生のようなノリの彼女がの友達だとは信じ難かった。信じ難かった、が、が彼女に対して心を許しているのだとわざわざ声に出して訊ねなくとも、態度でそれは示されていた。目は口ほどに物を言う、とはこういうことか。

「前に言ってた基準の人って、僕のことだったんだね」
「……へっ?」

最初はぽかんと呆けていただけのだったが、佳主馬の言う意味を理解していくにつれわなわなと握り締めた拳を震わせる。

「あはっ、あはははーごめんごめん、まさかのご本人様でしたか」

ごめんと言うわりには欠片も悪いと思っているようには思えないテンションの高さと高笑い。ほんの一瞬だけ本当にやばい、という顔をしたように見えたが、彼女が真面目に謝罪する姿なんて地球の滅亡並に有り得ないらしい。

「ばか! ほんとばか!」

自転車に跨ったままだったのは何かあったときに、一目散に逃走すべき手段の確保のためだったのか。一漕ぎで難なくが振り上げた拳を避けると、すいーっとそのまま綺麗な一直線を描きながら遠くなっていく。

「あとでご飯奢るから、許して!」

唐突に現れて唐突に去っていってしまった彼女は台風どころか、まるでハリケーン。与えることの出来る被害を与えられるだけ与えて、自分はこの真夏も吹き飛ばしてしまうくらい清々しい顔で何事もなかったかのように通過していった。なんて傍迷惑なキャラクターなんだ。そう厭きれつつも、彼女がこの道をこのタイミングで通らなければ佳主馬が知り得なかったのことを知ることができたことには、感謝せざるを得ない。素直に嬉しい、その一言に尽きる。

さんがこんなに怒鳴ってるのって、珍しいね」

佳主馬がの怒鳴り声を聞くのは、佳主馬が翔太の顔を殴りつけたあの夏の日、続けてが翔太へ怒りをぶつけたとき以来になる。これからは自分が知らなかったを知ることが出来るのかと思うと、それだけで心が幸福に満ちていく。

「顔、真っ赤だよ」

羞恥で全身の熱が顔だけに集中しているのは自分で意識して分かっていることなのに、佳主馬に言われてしまえば余計に顔に赤みがさした気がした。暑さに増しての熱量はの思考回路を焼ききるほどで、自然に対応できないどころか、この場をどう乗り切るかどんな言葉を発せればいいのか、それすらも思いつかない。たった一回のご飯なんかで許してあげるものかと、歪みのない意思は頑な。
頬を撫でるよう佳主馬の手のひらに触れられ、心臓の動きが激しくなると同時に呼吸が荒くなる。息苦しい。
何も言わない佳主馬には、なんだかあれ似てるなぁ、とシミュレーションゲームを思い浮かべた。どうやら自分が次のアクションを起こさないと、この先は進展しないようである。ゲームであれば三択程度準備されているが、現実ではそうではないらしい。そのたった三択も、自分で準備しなければならない。どうしようかと捨てきれない恥を残したまま、何かしらのヒントを欲しておそるおそる佳主馬を見上げてしまったことに、は己を責め立てた。

さん、かわいい」

どんなに糖分の高いチョコレートよりも甘ったるい笑みに、異性を選ぶ基準が佳主馬だったと知られた恥をも通り越しての新境地が見えた。
思わず泣きたくなってしまうほどの破壊力にの心臓は破壊される寸前。こんな佳主馬をこれからもっと見ていくことになるのだろうかと実感すると、心臓から何まで、いくつあっても足りやしない。
ついにパニックを起こして目を回し始めたを、佳主馬は宥めるようにそっと抱き寄せた。

「大丈夫? さん」
「…ぜんぜん、大丈夫じゃない」
「ははっ。僕も」









僕は君に恋をしている









お互いがお互いに完敗だと思っている、そんな二人のお話し。















2011/10/08(2020/5/10一部修正)