縁側に腰掛けている二人はひっそりと寄り添い、僅かな明かりを頼りにほんの一瞬だけ触れ合ったかと思うと少し距離を置き、また近づく。重なり合うシルエットからは昼間の二人とはかけ離れた甘い雰囲気を漂わせ、そこには佳主馬が連想する恋人像があった。リードしているのは相変わらず体の線は細くどこか頼りないはずの健二で、破天荒なことを成し遂げてしまう夏希は随分と慎ましく女性らしい。裏と表の顔というわけではないが、普段皆に見せている姿と違う二人きりだから見せる、お互いだけが知っている姿。そういう瞬間があるだろうことくらいなんとなく分かっていたはずだったのに、目の当たりにしてしまうとどこか焦りを感じてしまう。

さんは、皆の前でも僕の前でも、変わらずさんのまま)

見渡す限り田んぼや畑だらけの田舎でデートだなんて言い出すこと事態お門違いなのは分かっているが、一緒にでかけようという発想の欠片もなければ、手さえ握らせてくれそうにもない至って普通の色気もへったくれもない雰囲気を、ここ数日過ごしていた。隣に座っていても、ちっとも縮まりそうにもない距離、ほんの僅かな距離、自ら縮めるにはその僅かがとてつもなく大きすぎる。そんな佳主馬だって変わらず佳主馬のままなのかもしれないが、その気のない相手を前にどんな自分を出せるというのだろうかと思うと、結局はなにも出来やしないのだ。怖いじゃないか、気持ちの距離感すらはかれていないのに欲望のままに近づこうとして拒まれたり、なんてことになってしまったら。

(ただ臆病なだけ。僕はいつだってそうだ)

別に覗きの趣味があったわけではない、通りすがりの不可抗力なのだから仕方のないことだ。けれどだからといってここで物音でも立て折角のムードを台無しにしてしまう程、佳主馬だって無神経でなければ空気が読めないわけでもない。意識し過ぎればなお更際立つ足音を、決して立てぬよう滑るような足取りでそっとその場を通り過ぎる。ふいについてしまったため息は、佳主馬本人からしてみれば炭酸水のペットボトルを開ける音に比べ何分の一も小さいものだったが、静寂には二人の時間を邪魔する雑音の一つにでもなってしまったかもしれない。襖隔ててすっかり見えなくなった姿の身となれば、気にした足音すらどうでもよくなってしまっていた。どうせ二人きりの世界に浸っている健二と夏希にとって、佳主馬のため息なんて聞こえたところで取るに足らない蚊の羽音と同じようなものだろう。最初から価値すら見当たらない気遣いだったのだ。真にムードをぶち壊す存在があるとすれば、まだ男だとか女だとかの意識すらない幼子たちしかあり得ない。

「遅かったね」

一人ならつける習慣のない納戸の灯りに、まるで電柱に集まる虫のようにひきつけられる。そこにはが居るという目印のようなもので、それこそ佳主馬にとってはたった数日で習性のようなものになりつつあった。

「何かあるかなと思って台所探してみたんだけど、何もなかった」
「この辺、コンビニもないからねぇ」
「コンビニって名ばかりで、夕方には閉まる商店ならあるじゃんか」
「田舎って馬鹿にしてる? まぁ、田舎なんだけど」

くすくすと、笑うの姿は誰に向けるにも同じで、本来あるべき感情を通り越して切なくなってくる。彼女の笑顔が好きなはずなのに、切なさでこんなにも胸が締め付けられそうになる日がくるだなんて、一年前は考えもしなかった。友人とメールでもしていたのか手中にあったスマートフォンをテーブルに置き、佳主馬が高校で使っている教科書に視線を落としたの隣に膝を立てて腰をおろす。拍子に縮めることができたはずの距離は、やはり変わらず一定を保つことになってしまった。

(いくじなし)

いつだって強気で自信に満ちている自分がまさか好きな人相手にうじうじとしているだなんてあいつらには想像もつかないんだろうなと、佳主馬自身、自分でいうのもなんだかなぁと思いながらもを横目に、やはり思わずにはいられない。いつか静かに抱き締めたあの時の感覚が未だに忘れられないのは、ディスプレイ越しなどではなく直に触れられる傍にいるのに触れられないせいなのか。それともただの下心か。

悪戯にシャーペンを回してはペン先でコツコツとテーブルを叩く。読んでもいない問題集の問題文を視線でなぞり解きもせずに次の問題文を追い、壁を作るように肘をつき。預けた頭は徐々に首を垂れ。今自分がどれだけ憂鬱な表情をしているか知られたくなくて、今度は自ら距離をおいた。そのはずなのに瞼を閉じ浮かんできた健二と夏希の姿に、つい重ねてしまうのは己との二人で、何をしていてもすぐに思考はを考えてしまっているのだ。
例えば、単純に置き換えてみようではないか。身長の近い健二と夏希とは違い、身長差のある佳主馬とでは座高の差もそれなりでどうしたって佳主馬はを見下ろす位置に、は佳主馬を見上げる位置に目線があるだろう。縁側に腰掛けている二人はひっそりと寄り添い、僅かな明かりを頼りにほんの一瞬だけ触れ合ったかと思うと少し距離を置き、また近づく。佳主馬は上から重なるように、そしては下からせがむように。重なり合うシルエットからは昼間の二人とはかけ離れた甘い雰囲気を漂わせ、月明かりの下ムードは最高潮に達するのだ。

「かずま?」

はっと顔を上げると、が心配そうに佳主馬を見つめていた。佳主馬にとっては目覚める前に見る夢のようにほんの数秒だったはずだが、にとってはその一瞬の間の佳主馬がどうも放ってはおけなかったらしい。

「ん、ごめん」

シュミレーションが出来ないなんて言っていたのはどの口だか。お手本さえ一度脳に刻み込めばこうも簡単に映像化することができるとは、流石仮想世界のキングを自分の体のように自由自在に操れるはずである。まさか本人を置き去りにして一人妄想に浸っていただなんて言えるはずもなく、開きっぱなしの問題集が数学であったことに感謝した。

「ここの問題が分からなくて」
「どこ?」
「…ここ」

適当に指でさした問題文を覗き込んできたの顔が近くて、佳主馬の心臓が一度だけ大きくはねた。単に宿題を終わらせたいだけなら、特に数学なんてさっさと健二に聞いて終わらせてしまっている。いや健二に聞くのでさえ手間だろう、正直、こんな問題は教科書にさっと目を通せば簡単に解けてしまうのだ。数学に関しては神の域に達している健二とはかけ離れて違うものの、学年レベルに見合った学力レベルは佳主馬なりに持ち合わせているつもりだった。数学だけの話ではない、他の教科全てにおいて時間をかける必要性などどこにも落ちてやしない。夏希と健二の邪魔をしたくないからなんて理由をこじつけてまでとりつけた二人きりの時間。あるべき恋人同士なら、回りくどい言い訳なんてわざわざ偽装しなくとも頬を緩ませ隣にいるのが通常運転のはずだろうに。隣にいても、変わらずの態度で夏希以外の親戚一同には佳主馬の一方的な片想いだと思われているのがなにより泣けてくる。









恋人と
言い張ることは、
なぜかできなくて









いまだにさんを誰かに紹介したことは一度もない。機会がないのはそうだけれど、はっきりと、自覚することができないせいだ。