! ちょーっとだけ、時間いい?」

人目を気にしてなのか、夏希は絶対に話を聞かれない場所に行きたいらしくソックスすらはいていないを、縁側から外へ誘い出した。は強引に腕を引かれ倒れそうになるのを堪えながら、慌てて両足を動かす。誰のか分からないサンダルに急いで足を突っ込んだものだから、きちんと履けていないそれは今にも脱げだしそう。ずっと室内に居たのに、予告もなしに室外へ出たせいもあって太陽の眩しさに目が眩む。ついにバランスを崩して前のめりになった瞬間、ようやく満足した夏希が勢いよく振り返ると、タイミングよく倒れ込んだのクッション代わりになって、しっかりと抱きとめた。自分のせいだと分かると、ごめんと何度も謝罪する。

「それで?」

跳ねる鯉を眺めながら体勢を整えると、変に履いているサンダルにもう一度足を入れなおす。よく見ると左右に履いているサンダルは全く違うものだった。
夏希は両手をパンッと合わせると、深々と頭を下げる。









うそ









「つまり、大おばあちゃんを喜ばせたくて、ね」
「そう!」

流石、話が早い!と大袈裟にを煽ててみせるが、翔太と違ってそういう手にはのらないは無表情を保ち続けている。空気が読めてなかったかと、夏希のテンションが沈下していく。は興味がなさげに池を泳いでいる錦鯉を目で追っていた、鯉が水面を蹴ると雫が宙に舞い、陽射しがキラキラと照らす。きっと何か言ってくれると思っていた夏希だったが、もう話を終えた気分でいるに耐え切れず声を発した。

「だからお願いっ、黙ってて!」

深々と頭を下げるのはこれで二度目になる。縁側で祐平、信悟、真緒が夏希とを指差しわーわーと騒いでいる、子供たちに見つかってしまっては他の親戚に話題が広まるのも時間の問題。なにせ子供は素直で何でも話してしまうのだから、夏希がいま頭を自分に下げている状況を、どうやって弁護しようかとは思考を巡らせる。
けれどそれは夏希によって遮られた。

「さっき」

下げていたはずの頭の位置は、いつものより少し高いところにある。

「…さっき?」
「何か言いかけたでしょ?」

さっきとは、健二と夏希が栄に挨拶をしに行く途中、中庭付近でと会ったときのこと。去り際、何か言おうとしたは結局本音を隠し誤魔化すと、一足先にその場を去ったのだった。夏希が、きっと何か言ってくれると思っていたのもそれが理由になる。案外はっきりと発言するが珍しく言葉を濁したことが、どうしても気がかりだったらしく、また好奇心旺盛な夏希が気にならないわけがなかった。思うところがあるなら話を聞いた上で発言してくるはずだと考えた夏希の的は大きくはずれ、結局問い詰める形になってしまった。

「なに?」

どこかそわそわした様子はまるで告白の返事を待っているようで、気になっているのだと簡単に判断がついた。

「言うのをやめたのはね、きっと理由があるんだろうなと思ったから。思った通り、あったね」

意を決して訊ねたにも関わらず、本人にとっては頑なに言いたくないことでもなかったようであっさりと口を開いた。

「優しい嘘だね」

の言葉に、夏希は驚きながら頬を朱色に染めた。

「でもとても残酷な嘘」
「…え」

今度は呆然、百面相。褒められた後にいっきに落とされたショックは大きかったらしく、微動だにしない、いやできないでいる。栄を喜ばせるための偽装彼氏作戦、それでも内容を把握し納得してくれたように夏希には見えていたのに違ったというのか、本当は同い年の又いとこを残念に思っていたのだろうか。の本音が分からなくて、脳内は混乱し、不安が押し寄せてくる。表情が強張る。

「健二くんの、気持ちは?」

そこでようやく理解した、ついさっき彼氏役を承諾してくれた彼、小磯健二のことを。無理だと何度も繰り返し言った健二に無理矢理といっていいだろう、ついさっきを強引に室内から引っ張り出したように強引に押し切ったのだ。健二が夏希に想いを寄せている可能性があるのでは、というのも捨てきれないのだがが言っているのはそういう桃色な話ではない。

「恋人のふりなんて、いい気はしないでしょう?」

しかも嘘をつく相手は栄を含めた親戚全員。例えば、しつこい元彼氏を振り切るために新しい彼氏がいるからと紹介するレベルとは訳が違う。には偽装彼氏だなんて、軽いノリで承諾するような人に見えなかったことも気がかりだった。挨拶の途中声を上げたりした夏希を思い出し、適当に理由をこじつけて連れてきたのだろうと推測する。そうだとしたら行き成り栄のところへ連れていかれてようやく事情を把握した健二は、現実と非現実の区別がつかなくなるほど驚いただろうな、と哀れに思う。
何よりもそこまでして栄が喜ぶのかを議題に上げると、そうは思えなかった。

「黙ってる、言わないよ」
「…ありがとう」

けれどもう後には引けない、栄に紹介してしまったし事前に彼氏を連れて行く発言をしている上での健二の存在、隠し通さなければならない。夏希は唸り声を上げると両手を頬にあて空を仰ぎ見た。済んでしまってからに問い詰めたことを後悔する自分が情けない。

「言ったからには、頑張れ」

有言実行、やるしかない、やってみせる。開き直った夏希の表情は、いつもの天真爛漫な夏希だった。