夏希が佳主馬を除いて食卓に勢ぞろいしている親戚を健二に紹介し終えると、がやがやと騒ぎ出し晩ご飯がはじまる。は大皿から小皿に少しずつおかずを取り合わせると黙々とご飯を口に運んだ。聖美の左隣に座っている翔太は相変わらず煩い、というか夏希のこととなると相変わらず煩い。日中も仕事の昼休みにわざわざ「許さないぞ!」と声を張り上げて陣内家をドタバタと走り回る始末、情けない。皆よりも食事を終えると、は一足先にその場を後にした。
書庫で何か面白そうな本はないかと一望するがこれといって惹かれるタイトルは見つからない。夏休みに読もうと思っていた本はいくつか候補をあげ揃えておいたのだが、やはり読みたいと思っていただけはあってあっという間に読み終えてしまった。仕方ない、積ゲーを一本ずつプレイしていくかと、あっさりと本探しを諦める。
「あ、さん」
麦茶でもいただこうとキッチンを目指していたを呼んだのは、佳主馬が引きこもっている納戸の前に居た健二だった。この屋敷は広い、はじめて着た健二が迷っても当たり前のことだ。
「あの…」
話がある風な態度で、ちらちらと佳主馬を見る。察しのいいが解釈するに、夏希の件で話があるけれどここではヘッドフォンをつけているとはいえ佳主馬がいるから話せない、といったところだろう。こっち、と手招きするとまた書庫の方へと戻っていった。
幸運を願う
「さんは勘が鋭いからって…」
「うん、夏希から聞いた。ごめんね、夏希が迷惑かけて」
「いいえっ、夏希先輩の気持ち、分かりますから」
両手を合わせて俯いている健二の表情は少しニヤついていて、どこか嬉しそう。160cmないの身長では、俯いているとはいえ健二の表情がはっきりと見えるわけで、健二は回想にでも浸っているようで直視されていることに気付かない。まさかこの現状を楽しんでいるわけではあるまい。
「間違ってたらごめんね」
「? はい」
事前に謝られ、健二がなんだろうと、小首を傾げる。自分よりも身長が高いとは言え、幼い表情を見せる健二はやはり年下で可愛い存在だとに思わせる。年相応のこの容姿で、よく親戚を誤魔化せたものだ。
「夏希のこと、恋愛対象として好き、じゃない?」
栄に紹介された上、現地に来てからやっぱり無理ですと帰るわけにもいかない。偽装彼氏役を引き受けた理由ならそれだけでも十分だが、好きな人の頼みなら断りにくい、というか普通なら断れない。夏希の話ではOZでのバイトがあったのに、そっちを蹴ってまできてくれたのだというではないか。好意を抱いていない以外に一体何があるというのだ。まぁ当の本人である夏希は全く気付いていないようだが、健二にとってはそれが酷なのだと、ははっきり口にはできなかった。気持ちを伝えるなら、それは他人の口からではなく本人の口からではないと意味がない。
はじめは何を言っているのか理解できない、とぽかんとしていたが、すぐに顔は赤らめはじめ最後には耳までも真っ赤にしていた。視線を泳がせ、ぱたぱたと手を動かし意味不明な行動をとってみせる。テンパりすぎて思考回路がめちゃくちゃになっているのだ。
「どっ、どうしてっ」
「自分で言うのもなんだけれど、察しは良い方なの」
そこで健二は夏希の台詞を思い出す、栄への挨拶を終えてすぐのことだ。は勘が鋭いから絶対バレたかも!といって、健二を置き去りに慌ててを探しに姿を消したのだ。
他人のことに敏感な人って、案外自分のことには鈍感な人が多いんだよなぁ、とを盗み見る。こう言っては失礼に値するかもしれないが、整った顔は翔太にも父である太助にも似ても似つかない。夏希と同じ高校3年生だとも聞いたが、容姿の印象よりも随分落ち着いた雰囲気、それには大人っぽさを感じる。夏希以外の高校3年生女子と繋がりがない健二は、こうも違うものなのかと率直な感想を抱く。
「夏希のこと、よろしく」
がそれを言う意図が掴めず、言葉に詰まる。だって自分偽装彼氏、本当の彼氏なんかではないし、なれるわけがない。
「…え、あの、ボクは、」
「夏希、結構突っ走っちゃう癖があるの。今回もそう」
後先考えずに突っ走って、相手が自分に想いを寄せているとも知らず偽装彼氏役を頼んじゃうような馬鹿っぷり。自意識過剰よりはましかもしれないけれど、もっと落ち着いて、一息ついてから考えられないものかとを悩ませる。どうでもいいと思っているなら何も言わない、放っておく。夏希が心配だから、よく知りもしない健二のことも何故か気がかりだから、気を配ってしまう。
「少なからず今日から四日間は、健二くんが彼氏でしょう? 夏希が突っ走り過ぎないように、見守ってあげて」
が片手を差し出す。
「大おばあちゃんが喜んでいることには変わりないんだ。上手く、いくといいね」
自分に自信のない健二はうまく返事をすることは出来なかったが、の差し出したその手と握手を交わす。多少脱力の感じる握手だったがは何も言わず、まだ一日の疲れを流していない健二をお風呂場まで案内した。赤面して顔を覆っている健二は確か大学生設定だったか。は体も拭かず裸のまま飛び出してきた加奈を捕まえながら、反応が年相応すぎる、と溜息をついた。
←→