カタカタとキーボードを打ち続ける佳主馬の手元を照らしているのはディスプレイの明かりだけ。騒がしくしていた親戚たちは布団に潜り込み、一日の疲れを癒しているところだろう。明るいところでやりなさいと、煩く注意してくる人もいない。ヘッドフォンから流れ込んでくる音楽が蝉やコオロギの鳴き声を遮り、意識は完全にOZ世界の中。通りすがりのアバターたちはnuの話題で夢中らしく、吹き出しに表示される言葉につい視線が向いてしまう。
今となってはキング・カズマと対等といえる力を持っているやつはいない。挑戦者が何人束になってかかってこようと敵ではない、むしろ十分余裕なくらいで、別にゲームが好きなわけではない佳主馬にとって退屈だった。もう少し手応えのあるやつと対戦したみたい、そう思っていた頃現れた存在がnu。けれどnuは一度だってキング・カズマに挑戦することはなかった、いつまでもキング・カズマのランキングは1位で、nuは2位。つまりnuはキングの座には全く興味がない、推測するのは簡単だった。
麦茶の入ったグラスを口元に寄せようとして、動きが止まる。

姉ちゃんも、ああいう顔するんだ)

むっと、怒るというよりむきになるような表情。翔太と言い合いをする時に見せる顔といったら普段の無表情よりも冷たい眼差しで、唯一喧嘩をする時でさえ見せたことのない顔だった。それから翔太に庇われた時の、驚いた表情。

(そういえば、あのときも)

が大切そうに抱えていた浴衣を素直に似合いそうだね、と言った佳主馬に対して、はまるでお世辞でしょとでも言いたげに驚いたのだ。むしろ似合いそうにもないと言って欲しげに、佳主馬には見えた。
が持ってきてくれた麦茶を口に含み、流し込む。

(笑ったとこ、見たことないな)

物心つく前ならきっと自分も笑って一緒に走り回っていたのだろうなと、らしくないことを思う。その頃ならも無邪気に笑っていたに違いない、けれど記憶はおぼろげではっきりと思い出せない。いつからだったか、あまり会話をしなくなったのは。いつからだったか、が笑わないことが当たり前になってしまったのは。









心の隅に









気になっていることに、気付いていないなんて。