「あっ」
「あれは…」

偽ケンジが何者かからの攻撃を受け、ディスプレイに突っ込む。ガラスの破片を頭に乗せたまま起き上がったところに、さらに追い討ちをかける様に追加攻撃が加わる。砂埃の中から這い上がった偽ケンジの髪は乱れ、ケンジとしての面影が薄れていく。庇うように仮ケンジとサクマの前に立った白い毛で覆われたアバターをみて、サクマが驚きの声をあげた。

「キング・カズマ?!」

同じ空間にいたアバターたちがタイミングを合わせたように、一斉に吹き出しからコメントを発する。吹き出しに埋め尽くされた一部分は真っ白で、アバターたちの存在が見えないほど。追いかけっこを楽しむかのように飛び上がった偽ケンジをキング・カズマが冷静に追う。
手元のキーボードに視線を落とすことはなく、ディスプレイだけに集中して的確なコマンドを入力していく佳主馬の指先の動きに、健二は呆気にとられていた。自分よりも年下の少年がキング・カズマのプレイヤーである衝撃もあったが、それよりも尊敬とでも言うべきか。佳主馬がOMCのキング・カズマであることは親戚中が知っている事実であるが、も実際は佳主馬がキング・カズマを操っている姿を見たことはなかった。迷いをみせず敵の動きだけでなく周囲の物体の動きにまで気を配り、滑らかに動く指先に感嘆する。これも師匠と慕う万助に教わった少林寺拳法の賜物なのだろうか。

「凄い…君って、」
「話しかけないで、集中できない」

次々と突出してくる障害物を回避し、キング・カズマはものの数秒で偽ケンジを確保した。

「捕まえた!」
「雑魚だよこんなの」

佳主馬はいつだって自信に満ちている。入力するコマンド一つ一つにも、躊躇はない、だからキング・カズマはキングなのだ。









敗退









家中を探索しまくってようやく健二を見つけた祐平と真悟が警察の真似をしてみせる。健二をネタにして遊んでいるだけのようだ。

「あっ、いた! ゆかいはんを発見しました!」
「よし、逮捕だ!」
「「逮捕だー!」」

祐平と真悟が健二目掛けて突進をしてきたが、健二の背後にはが立っていて簡単には通れない。を倒さなきゃ通れない、という点にゲーム感覚の面白みでも感じたのか俄然燃え上がって二人の勢いは増し、最早本来の目的など忘れてしまっている。無邪気な笑顔を浮かべて騒ぎ立てる。

「こらっ、やめなさい!」

祐平がの左足に、真悟が右足にしがみ付き2対1の相撲状態。これならDSを片手に走り回っているのを傍観している方がまだましだと、二人の頭をわし掴む。引っぺがそうとするが子供の力というのは案外強いもので、なかなか外れない、というか離れようとしてくれない。だからといって叩くわけにもいかず、がすっかり困り果てる。

「やめろ!」

佳主馬の声にも従わず、ぐいぐいとを押し続けている。健二もすきを見て逃げればよかったのだが状況が状況なだけに、気がついた時にはもう真後ろにじりじりと追い詰められていたがいた。

「あっ」

健二がいるから受身を取ることも出来ない、というかこのまま倒れれば佳主馬のPCが置いてあるテーブルにダイブだ。の足がついに縺れ、祐平と真悟もろともドミノ倒し。がぎゅっと目を瞑る。

「あぶな…!」

倒れ込んでくるを健二が抱き止め引き寄せる。その代わりといってはなんだが、健二は背中を打ち付けるという代償を払った。一つ年上といっても女の子には変わりない、に怪我をさせるよりはましだ。そのままは健二に身を任せるような形で倒れ込み、祐平と真悟はの足元辺りでもみくちゃになり目を回している。
慌てて立ち上がった佳主馬がまだ頭の上にひよこの飛んでいる祐平と真悟を、慌ててから引っぺがす。

「離れなよ!」

佳主馬の声で我に返ったが慌てて体を起こすと、健二が困り眉毛で笑っていた。運動が苦手そうなこの体で抱きとめるだなんて、無茶をする。

「ごめんっ、大丈夫?」
「大丈夫です。さんに怪我がなくて、よかった」

この期に及んで人の怪我の心配とは、本当に人が良いにもほどがある。起き上がってもまだ会話のやり取りをして離れない二人。そんなの後でもいいだろと、むきになった佳主馬がぐいっとの肩を掴んだ瞬間、ディスプレイの様子が視界に飛び込む。

「あぁっ」

プレイヤーの失ったキング・カズマは動きを静止し、偽ケンジは無理矢理に腕の中から抜け出してしまった。しかし相手は雑魚、またすぐに捕まえられるとPCの前に戻ったが、衝撃的なシーンに佳主馬だけでなく健二とまでも言葉を失った。周りを囲んでいる野次馬のアバターに襲いかかった偽ケンジは、1体、もう1体とアバターを丸呑みしたのだ。アバターを取り込むだなんて、聞いたことがない。恐怖に慄くアバターたちがその場を立ち去り、ログアウトする者も続出した。だがこれからの展開に興味本位で動かないアバターも中にはいた、けれど我が身は守りたいらしくしっかりと距離を置いている。
アバターを呑み込んだ偽ケンジはバグが起きたような、マテリアルが剥がれたようなモザイクに覆われると形を変え姿を現した。

「形が」
「変わった…」

表情はとても程遠いが印象としては仏像、背後に背負った後光は太陽のようで、まるで観音菩薩。けれど動きは俊敏で殺人的、容赦のない攻撃からは日本人が敬う仏とは到底似ても似つかない。

「くそっ、くそっ、くそっ!」

荒々しく佳主馬がキーボードを叩きつけるようにコマンドを入力する。健二から見て互角だと思われた試合は、圧倒的にキング・カズマが押されていた。佳主馬の額に汗が滲み、焦りが絶望へと変わる。完全に冷静さを失ってしまった佳主馬に勝機はない。

「だめ、負ける」
「え」

の言葉に健二がまさか、とディスプレイを凝視する。同じくディスプレイを覗き込んだのは祐平と真悟。少し距離を置いて見守っていた健二と違い、二人は佳主馬の両肩口から体の全体重をかけてディスプレイに手を伸ばす。

「こいつ…」
「ゲームやってんのー?」
「オレにもやらせてー」
「触るな! あっ」

二人を押し退けている間に変形した偽ケンジが詰めより、キング・カズマにとどめのサマーソルトキックを放つ。

K.O.Challenger Win!!