「ちょっと皆、静かに!」

佳主馬も含め一同がようやく集まった食卓で、由美が叫んだ。高校野球長野大会10日目を報道しているニュースを一同が注目する。準決勝第一試合、かなりの乱打戦だったらしいが11対10というスコアでなんとか明日の試合にコマを進めることが出来たようだ。諸手をあげて喜ぶ了平の姿が映り、喜びの報道にわっと一斉に盛り上がる。 は自分が通う高校の野球部としては興味がないようだが、又いとこが入部している野球部の勝利としては喜ばしいらしい。大人たちはグラスにビールを注ぎ、子供たち含めた未成年者たちはジュースに手を伸ばす。
昨日よりも人数の多くなった晩ご飯は昨日よりも騒がしくもあり賑やか。翔太の左隣に座っているは、栄を称える声を聞き取りながらも兄にあれとって、と催促をする。んじゃあれ取ってくれ、と兄に促されおかずを盛った皿を交換し合う。遠巻きにその姿を見ていた太助は驚きを隠しきれなかったようだが、同じことを思っていた夏希と目が合うとニヤニヤといつも翔太をからかう表情を浮かべた。









本当のはなし









どこか誇らしげに栄は健二を見つめる。

「健二さん、あんた今日頑張ってくれたんだってねぇ」
「いえっ、ボクは、何もっ」

理一はジュースの瓶を持ってみせると、健二は慌ててグラスを傾ける。次は太助、いくつかおかずを取り合わせた皿を健二に手渡す。
健二は謙遜しているが、実際健二が暗号を解かなかったら交通機関も様々な回線も未だに混乱状態を保持したままだったろう。やるなぁ彼氏、という克彦たちに翔太が彼氏じゃねぇとむきになって叫ぶ。一度は偽装彼氏の件で気まずくなり、さらには騒動の犯人かもしれないと手錠までかけられ陣内家を後にしたが、またこうして健二は一員として食卓を囲んでいる。健二の嬉しそうな顔に、栄も嬉しそうでは心が満たされた気持ちになった。
テレビの中のアナウンサーは、未だにアカウントが使用できない人口が200万人以上いるという事実を繰り返すと、続けて詳細を連ねる。静かにするよう誰かが促したわけでもないのに、食卓は静まり返るとニュースの内容に耳を澄ました。

「でもまだ…」
「ラブマシーンを倒せたわけじゃない」
「その通り」

と佳主馬の言葉に、健二が首を縦に振って二人を見た。

「ラブマシーン?」
「なにそれ、モー娘?」
「アカウントを盗むAI」

ぞろぞろと立ち上がると佳主馬のPCを覗き込む。佳主馬は膝に置いていたPCを見易いようにテーブルの上に置くと、ラブマシーンの画像をトップに表示させた。

「今日の原因はこいつかぁ」
「でも、なんで報道されない?」
「時間の問題だと思うよ師匠」

佳主馬はスクロールバーを動かしながら、ネットに関しては無知な万助に補足する。

「ネットの世界は広いし、気付いている人はもう行動を起こしてると思うよ。情報を共有して力を合わせれば、止められないわけないよ」
「残念だけど、それは無理だねぇ」

水を差すような発言をしたのは一人縁側に座っている侘助。口元には笑みを浮かべまるで馬鹿にしているような言いように、佳主馬は思わず立ち上がる。

「なんで無理だって分かるんだよ!」
「何故って?」

そんなことは簡単だよ、と自慢げに言い放つ。

「そりゃあ、そいつの開発者、俺だもん」

突然の告白に夏希や健二の顔色が青ざめる。誰も侘助の言ったことが理解出来ずにいる様子を楽しんでいるつもりなのか、ニヤニヤという笑みを絶やさない。

「ラブマシーンを、作ったの…?」
「あぁ、俺が開発したハッキングAIだ」

沈黙を破ったのはいつも冷静な佳主馬だが、佳主馬もようやく搾り出した声だった。だというのに、侘助はあっさりと肯定するとつらつらと自分の功績を褒め称えて欲しいかのように、AIの説明を始める。

「俺のやったことはただ一つ、機械に物を知りたいという機能、つまり知識欲を与えただけだ。そしたらあちらの国の軍人がやってきて、実証実験次第では高く買うっていうじゃないか。まさか、OZを使った実験とは思わなかったよ。だがどうだい、結果は良好、やつは本能の赴くまま世界中の情報と権限を蓄え続ける。今やたった1体で、何百万の軍隊と同じだ。いい? 勝てないのはそういうわけ」

まだ13歳の佳主馬を相手に大人気なくも口喧嘩で買ったつもりで笑ってみせる。確かにキング・カズマは敗北した、だから言い返す言葉が見つからなかったし悔しさで声にならなかった。その中だけはじっ、と臆することなく侘助を見据えていた。

「なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」

侘助はまるで子供、体だけが大きくなっても心は全然成長しきれていない。これで41歳だというのだから驚くというよりも落胆しかない。を子供だと思い軽い気持ちで挑発するが、翔太のように感情的に怒鳴りつけるではない。言ってもいいなら有難く言わせて貰いますと、はっきりとした口調で言い放った。

「あたしは、貴方と少しでも同じ血が流れてると思うと恥ずかしくて死ねる」

我が妹ながら相変わらずどストレートな言葉に翔太が慌てふためく、挑発のつもりで言ったのだからそう聞こえなくては意味がない。 売られた喧嘩は買ってやるとの顔には書いてあった。この状況でそんな大胆な発言をしてしまうに、佳主馬は呆気にとられる。笑みを失った侘助は不機嫌な面持ちで立ち上がるが、立ちふさがったのは邦彦や克彦。

「今日どれだけの人が被害にあった? どれだけ世間様に迷惑をかけた」
「俺のせい? まさか、AIが勝手に、」
「あれのせいで世の中めちゃめちゃになってるんだぞ!」
「分からねぇやつらだな、AIが、っ」

侘助の胸倉を掴み上げた克彦を、頼彦と邦彦が引き剥がす。

「子供みてぇに言い逃れすんのかよ!」
「やめろ克!」

言い合いをはじめた二人はどちらも引き下がろうとしない。特に侘助の口から発せられるのはAIが、というこの数分でお決まりになってしまった台詞だけ。馬鹿の一つ覚えのようにそればかりを飽きもせずに繰り返す。

「二人ともやめろっ! ばあちゃんの前で!」

我に返った侘助の前に、栄が厳しい顔つきで立っていた。

「侘助…」
「ばあちゃんなら、分かってくれるよな?」

克彦を相手に怒鳴っていた侘助はそこにはいなかった、誰も見たことのない表情。縋るような言い方で、親に褒めて欲しくて仕方のない子供のような。

「今まで迷惑かけてごめんな。挽回しようと思って俺、頑張ったんだよ。この家に、胸張って帰ってこれるようにさぁ」

栄の厳しかった顔つきが迷いで苦渋へと変わる。

「ばあちゃん、これみてよ」

おもむろにズボンのポケットに手を忍ばせると、iPhoneを取り出し英文で埋め尽くされた画面を栄に見せる。

「今、米軍から正式なオファーがあった。じじいが生きてた頃以上の大金がこの家に入るんだぜ?」

この人は一体何を言っているんだ、には全く理解できない範疇に侘助はいた。いやだけではない、佳主馬も翔太も、理解に苦しむといった表情を浮かべ、けれど皆が栄の判断を待つしかできないでいた。

「これもばあちゃんのお蔭さ。なんたって、ばあちゃんに貰った金のお蔭で独自開発出来たんだから」

栄の瞳が見開かれる。颯爽と身を翻すと、甲冑の傍にさしてある薙刀を引き抜き侘助を振り返った。まさかと皆が息を呑む。

「逃げて!」

悲鳴にも似た夏希の叫び声に侘助は反応を示さない。あまりにも想像を越え過ぎている栄の行動に、現状の把握がいまいちできていないようで微動だにせず、そんな侘助を助けようとする者もいなかった。栄は着物の袖を捲り上げながら侘助との距離を縮めると躊躇せずに薙刀を振るう。その姿のなんて勇ましいこと、90歳とは思えない大振りの一撃を何度も繰り広げ、侘助は辛うじてそれを回避する。食卓は惨劇に変わり、追い詰められて体勢を崩した侘助が次々とテーブルの上を荒らし、本人はおかず塗れ。
まさか栄がここまでするとは思っていなかったのは皆が同じ。親戚たちが悲鳴をあげ退避する中、衝撃が強すぎたのか呆然と立ったままでいるの腕を掴み、佳主馬は後ろに引き寄せた。危ないと言う佳主馬を一度見たは、栄と侘助に視線を戻し佳主馬に誘導されるがまま足を後退させる。

「侘助、今ここで死ね!!」

ついに追い詰められた侘助の鼻先に薙刀が突きつけられた。侘助は悔しそうな表情を見せるがすぐに栄に睨み付けると、薙刀の刃を素手で掴む。ゆっくり立ち上がり手の平が切れるのもお構いなしに薙刀を押し返すと、血が手首へ流れ滴り落ちる。夏希が口元を手で覆う。

「帰ってくるんじゃなかった」

寂しそうな声だった。縁側から屋敷を出て行く侘助に、先ほどと同様助け船を出す者は誰もいない。唯一駆け出した夏希を栄が一喝し、追いかけることを許さない。

「おじさん!」
「夏希!」

抜け殻になった夏希がその場にへたり込む。

「いいかお前たち、身内が仕出かした間違いは、皆でかたをつけるよ!」

一際張り上げられた栄の声が響き渡った。

佳主馬の手が離れていく感覚に視線をそちらへ向けると、足元に散乱している皿やおかずの片付けに加勢するところだった。は魂の抜けきった夏希に声はかけず、佳主馬の隣にしゃがみ込むと割れた皿に手を伸ばした。