視線の先に









フォークリフトで侵入を試みるが失敗し、縁側に勢いよく激突した。寸法の測り間違いだったかなぁと太助は首を傾げる。

「いやぁ、入るかなぁこれ」
「大丈夫。あっ、もうちょい下げて」

の言葉を頼りに太助がフォークリストを操作する。衝撃に驚き様子を見にきた万里子たちは怒りを露に、けれど注意しても無意味だと判断したのかそのまま踵を返した。健二は終始苦笑いを浮かべたまま、たき付けたのは自分のようなものだから各々が己の意思で加勢してくれたとは言え、太助や万助たちには申し訳ない気持ちが拭えない。
終いにはまでも。男性陣だけならまだしも、仮にもしっかり者の位置にあるが、万里子や直美が否定した敵討ちに参加しているだなんて。大きな荷物のおかげでの姿は万里子たちの視界には入らなかったようだが、もしも見つかっていたらこっ酷く叱られていたような気がしてならない。逆に言葉も出ないほど唖然とする、も候補としては考えられる。

「あーっ、下げす、」

制止の声は一足遅く、一足早く太助はアクセルを踏み込み、またも縁側にダンボールが激突した。
三度目の正直とはよくいったもので、三度目にしてようやく縁側にぶつけることもなく無事に荷物を運び入れる。フォークリフトから降ろした荷物の梱包を解くため、がステープラーを引き抜こうとハサミを差し込む。通常よりも大型のステープラーは当然強力で、いまいち上手く抜くことができず、あっさりと手を休めた。

さん」

心配そうな眼差しでに声をかけたのは、勿論健二。誰に言われたわけでも強制されたわけでもなくここに居るというのに、心配性なのか気遣い癖なのか。

「出来ることはないかもしれないけど」
「いいえ心強いです。でも、いいんですか?」
「…大おばあちゃんなら、こっちな気がする」

けれど、栄ならこっちだと思うからという単純に考えた理由でここにいるわけじゃない。

「こっちが良いって、あたしが決めたことだから」

叱られたらその時、きちんと自己処理はする。それこそ普段なら大人で冷静と言われている、悪く言えばこの減らず口を有効活用できるときだ。やっぱり子供だと思われても構わない、実際年齢はまだ子供なのだからが落ち込む原因にはなり得ないし、言いたい人には気が済むまで言わせてやればいい。対応に追われているプロフェッショナルたちでさえ、未だラブマシーンの暴走を止められずにOZ内は混沌としている。一般市民であるには何かできるとは思えなかったが、こっちにはキング・カズマがいる、暗号を解いた健二がいる。だから何か出来る気がした、ラブマシーンを止められる気がした。
太助を含め三人で梱包を引き剥がし、少しずつ露となる梱包の中身に健二の口数が減っていく。

「こんな物まで扱ってるんですか?」
「地元の電気屋ってのは交流はわずかでね、実は学校や役所の備品受注が大半なのよ」

発泡スチロールを抱えながら健二は黒光りするスーパーコンピューターを見回す。スーパーコンピューターは健二よりも高く、はじめて見る存在の迫力に圧倒される。

「これも大学に納品するやつ」

さらりと、からとんでもない事実を聞いてしまい、慌てて聞き返す。

「えっ、大丈夫なんですか?!」
「大丈夫大丈夫、借りるだけ、借りるだけ」

健二が太助を覗きこんでいる反対側から太助が顔を出した。
見た目こそは似ていないが、どこかマイペースなところはそっくりな太助とを交互に見る。これが翔太ならこうはいくまい、大学に納品する品だとすれば尚更駄目だと意固地になって、頑なに拒否をし続けるのが見るまでもなく分かる。そういう意味では警察という仕事が翔太には合っているのかもしれない。
スーパーコンピューターの接続コネクタと、太い配線のコネクタを見比べてと太助がケーブルを差し込んでいく。

「でも、何で急に」
「健二くん、さっき万里子おばさんたちに向かって堂々としてたでしょ。きっと佳主馬も見直したんじゃないかな」

突如耳に届いた破壊音に、は立ち上がると縁側に出る。船を積み上げ豪快に門を破って近づいてくる大きなトラックの運転手は誰かと訊ねる必要もない。

「やだ、お祖父ちゃんってば…」

高さは大丈夫かという心配など一切なく、ノンブレーキで門を潜って来たのは一目瞭然、なぜなら万助はそういう男だ。の隣に来た太助の顔が引き攣る、万里子には違う意味で怒られること確定だ。普通なら徐々にブレーキを踏み込んでいくのが常識だが、本当にギリギリのところでようやく踏み込み、庭にとめてあるフォークリフトを正面から倒した。

は万助を目指す太助と健二の背中を見つめていたが、何気なく佳主馬の姿が見えないことが気になり、ふらふらと佳主馬がいそうな場所に歩みを向けた。キング・カズマは負けた。あの時の佳主馬は落ち込んでいるようにも見えたけれど、負けた悔しさからそう見えただけだろう。佳主馬が気負っているとは思えないが、は少しだけ気がかりだった。自分ばかり慰めてもらって、自分は佳主馬に何もしてあげられていないこと、だからと言って自分がしてあげられることなど何も思いつかないのだけれど。
佳主馬を探すために動かした足取りは徐々に重くなり、逃げるように寝床としてる部屋に向いてしまった。昨晩寝る前に充電器にさしておいたPSPはすっかり満腹になったようで赤いランプを消していた。充電器から引き抜きジャージのポケットに入れると、案外深めに作られていたポケットにすとんと落ちた。

「そう、いえば…」

誰かのために何かしてあげたないなんて、思ったことは今の今まで一度だってない。なら余計に分からないやと溜息交じりで二酸化炭素を吐き出す。
気を紛らわせようと歩いていた先に聖美を見つけ、立ち止まる。

「あら、ちゃん」

の姿が視界に入った聖美は笑顔をに向けた。
は歩み寄りながら聖美の腕にあるものに視線を向ける。白いシャツと黒いズボン、サイズからして佳主馬の制服だろう。これから栄の葬式になるのだから正装に着替えなければと気を利かせた聖美がわざわざ持ってきてくれた、という図が容易に浮かぶ。
健二の視線のさらに先に佳主馬はいて、陽の光を浴びる庭先でまるで相手が居るかのように鋭い突きや蹴りを放つ。真剣な横顔に、つい魅入る。

「佳主馬、失礼なこと言ったりしなかった?」
「…え?」

佳主馬を見ることに夢中になっていたせいで、うっかり聖美の言葉を聞き逃してしまうところだった。寸前のところで反応を示すことができたが、出てきた声は本人でもないだろ、と思うくらい少し間の抜けた声。

ちゃんのところに佳主馬行ったでしょ? 少し心配だったんだけれども」

話の内容が健二は気になるようで、首ごとと聖美を向いている。一人立ち去るを佳主馬が追いかけて行ったこと。聖美だけでなく親戚一同が佳主馬とが普段から親しいと言えるほどの会話すらしていないことは知っている。相手が夏希ならまだしもだ、心配にならないはずもなく、聖美はずっと気になって仕方なかったよう。かといってを追いかける佳主馬を追いかけるわけにはいかない、息子の怒りが頂点に達する瞬間だ。
は否定の意味で首を左右に軽く振るう。

「そんなことないです。…とても、助かりました」

助かった、だなんてまさかの口からそこまでの言葉が出てくるとは思ってもいなかった聖美は、目を丸くして驚く。誰も気付くことが出来なかったの異変に気付いた息子を誇りに思うと同時に、口元が緩む。斜め下に視線を向けているは聖美の表情を読み取る気はさらさらないようで、それをしっかり見ていた健二は苦笑い。

「あの、ありがとうって言ってたって、伝えて貰えませんか?」

遠慮がちにちらりと聖美を見る上目遣いは、わざとじゃない分破壊力増し。佳主馬の身長はまだよりも低いから分からないだろうが、を超してからやられてもみろと思うと、聖美はおかしくて仕方なかった。
いつも意見をはっきり言うにしては躊躇いがちな言い方で、迷いに迷いまくった末の発言だと理解できた。自分で伝えるか、誰かに伝えてもらうか。感謝の言葉をに送ってもらえるほどのことをしただなんて、自分の息子は大それた事をしたもんだと未だ庭先で集中している佳主馬を見る。おかずを盛ってくれてありがとうとか、物を拾ってくれてありがとうのレベルではない、全身全霊をこめた、ありがとうだ。聖美につられもそちらを向く。

「大切な言葉は自分の口で伝えないと、意味ないわよ?」

そう言う聖美はどこか楽しそう、でも、とても暖かい眼差し。

「ありがとうとか、ごめんなさいとか。それから、好き、は特に重要ね」

後者の意味は、には理解不可能だったが、前者の意味は痛いほどよく理解できた。ごめんと謝罪して、ありがとうと言えなかったことを後悔したというのに、同じような過ちを同じ人を相手に二度もするところだった自分を、心中で叱咤する。これで男に生まれてきたかったなんて栄に言ったのだから、大切な言葉の一つもまともに言えない中途半端な自分のくせに、恥ずかしい。

ちゃんが直接言ってあげて。佳主馬もきっと、喜ぶと思うわ」
「ボクもそう思います」

健二が聖美と微笑み合う、いつの間にそんなに仲良くなったのかとは首を傾げる。いつの間にかこっちを向いていた佳主馬と視線が合ったような気がして、は冷静を装って知らないふりをしてみた。