広間に集まったたちは慌しく合戦の準備に追われる。太助が調整を進めるスパコンには、万助が新潟から車を飛ばして2時間で持ってきた300kwまではカバーできるという漁船から、電源のコードが繋がっている。理一が松本の駐屯から拝借してきた自衛隊のデジタルネットワーク実験車両には、外部入力用のコードが接続され、ようやく太助が一仕事を終えた。
大方の準備を終えつつはあるが、ましてや季節は夏、どうにか部屋ごと冷やせなければスパコンを起動させるわけにはいかない。何かあてはあるのだろうかとは太助に問いかける。

「お父さん、冷却どうするの?」
「このうちクーラーないしなぁ」

なんと、あてはないというのか。その場凌ぎでどうにかしようとでも安易に考えていたのだろう。

「氷なら船にいくらでもあるぞ。手伝え!」

万助が勢いよく庭へ飛び出し、理一と健二が万助の言葉に従う。

「液晶じゃあレスポンスが…」

応答速度と呼ばれるレンポスタイムが液晶ディスプレイだと遅い、つまり画面切り替えが遅いということ。目まぐるしく変化する画面に液晶がついてこれなければブレとして現れる、それはあまりにも大きいはんでだ。そこで液晶ディスプレイよりもレスポンスが速いのがブラウン管ディスプレイというわけだ。対応速度が速ければ素早い画面切り替えに対応し、ラブマシーンの速度についていくことができる。

「HDのブラウン管モニターってまだある?」
「あるある」

船を目指して走っていく太助が大手を振りながら答える。手伝うつもりで縁側に立ったを、太助は止めた。

はいいよ、重いの持てないだろ。そこで待ってな」

無理に手伝い逆に迷惑をかけることになっては申し訳がない、太助の言うとおりには縁側で立ち止まった。
日焼けもしていない白い腕は尚更、佳主馬に細く思わせた。白は膨張色といわれているのに細く見えるのは、きっとが元々細い体をしているから。これで弓道部に所属しているというのだから驚く、予選を突破しインターハイにも出場が決定しているらしい。侘助の件で騒ぎになる前の食卓で、翔太が話していたのをちゃっかり小耳に挟んでいたのだ。がお喋りでも自慢したがりでもないことが原因でもあるのだが、もっと親しい関係なら一言教えてくれたのだろうかと、自然と佳主馬は思ってしまう。おめでとうの一言くらい、いくらでも言う、言って喜ぶ顔が見れるとしたなら、本当にいくらでも。
そこで自分が考えていることが信じられなくて、佳主馬は我に返った。今はリベンジの時、邪念を払うために頭を振るう。

健二が持ってきた大きな金だらいをが受け取り、一つずつスパコンを取り巻くように配置していく。万助に理一、太助は軍手をはめ一本ずつ担いできた氷柱を金だらいの上に置いては再度取りに戻る。氷柱は予想外に太く高さもあり、本当にの出る幕ではなかった。
スパコンを置いた部屋を締め切るために襖をはめている様子を、ディスプレイ越しに眺めている佐久間は呆気にとられていた。対応する佳主馬はいたって平然としている。

『夏希先輩の家ってなんなの?』
「普通の家だよ」
『200テラフロップスのスーパーコンピューターに100ギガのミリ波回線って…』

一般家庭では絶対的に有り得ない数値、軍基地レベルのスペックだ。

『そのスペック全然普通じゃないでしょ』
「果たし状を出したいんだ」

襖を嵌め終えた健二が佳主馬の隣に座る。力仕事の後だというのに疲労を全く感じさせない表情。

『果たし状?』
「差出人はキング・カズマ。今度のキング・カズマは今までとは違う」
『なんでお前がそんなこと言うの?』
「僕がキング・カズマだから」

佳主馬が横から顔を覗かせて言った。

『それ、笑うわ』

佐久間は軽く笑い、水分補給をしようと口元にペットボトルを寄せる。

「来るのかな」
「あいつは来るよ」

知識欲はあっても感情など持ち合わせていないラブマシーンに挑発は無意味。AI相手に果たし状なんて意味があるのか、は不安でならなかった。けれど佳主馬の自信に満ちた瞳に、不安が一瞬で消え去る。

ははは、と軽く笑ってみせた佐久間だが、真顔を崩さず作業を進める健二たちの様子に、逆に自身のアウェイ感。ひくりと顔を引き攣らせた。え、待って。答え合わせをしたくとも時間もさし迫っている状況で問い詰める事も出来ず行き場のない戸惑いが募る。それはあまりにも信じ難い真実ではある。

『…ガチ、で?』









カウントダウン









リベンジの時間は日本時間の正午、まだ少しだけ時間はある。万助は時計の針を確認すると佳主馬を呼びつけ庭先へ出る。合戦前の精神統一のためだろう、大役を果たす佳主馬、中学1年生が背負うには重いが、佳主馬はきっとやってのける。

「最近佳主馬くんと仲良いなぁ、
「…はい?」

太助の言っている意味が分からず、の動きが制止する。じとっとした瞳で太助を見るは、まるで仲が良いと言われることを嫌がっているようなリアクションで、理一は苦笑する。

「どうしたらそう見えるの?」
「違うのか?」
「仲良くしてるとか、思ったこと無い…」

少し間をおいてからよく分からないと、小さく呟く。だって自分が知っている佳主馬のことといえば、キング・カズマのプレイヤーで、何を考えているか分からなくて、中学1年生らしくないほど男らしくて、そのくらい。親戚なら誰だって知っているようなことばかりで、それは仲が良いといえるような関係じゃない気がする。知りたいとは思っても、一方的な気持ちだけでは意味がない。

「夏希の方が佳主馬とは仲良いよ。連絡先も知ってるし」
「え、知らないんですか?」
「知らない」

二人は口数が多い方ではないけれど、健二の瞳には意思疎通がきちんと出来ていて仲の良い関係に映っていた。親戚といえどやはり余所余所しい雰囲気になりがちなのが普通、だがここの親戚たちは全くそれを感じさせない。余所余所しさなど微塵もないどころか、存在しない。だからこそ、PCにも詳しくて携帯電話もしっかり持っていると佳主馬がお互いの連絡先を知らないだなんて、驚かずにはいられなかった。

「健二くんにも、仲良いように見えるの?」
「…さんは、佳主馬くんと親しくなるのは嫌なんですか?」

転びそうになったを健二が抱きとめた時のこと、佳主馬の表情を思い出すと笑みが込み上げてくる。離れなよと叫んだ佳主馬は、まるで嫉妬でもしているような顔つきで、恐らく本人は気付いていない。他人のことに敏感な人って、案外自分のことには鈍感な人が多いんだよなぁ、と思ったことは見事に的中していたみたいで、は佳主馬の想いに気付く様子すらない。
は健二の問いについて思考を巡らせながら、近づいてくる万助と佳主馬の姿を捉える。

「そんなことは、ないけれど」

曖昧な返答。

「なにが?」

サンダルを脱ぎ捨てた佳主馬がを見上げる。無表情で見詰め合う二人を見守る健二や太助、理一はじれったい気持ちで堪らない。

「なんでもない。それより、そろそろ時間だよ」

時の流れは早くあっという間に数分前、各々が各々の仕事をこなす為の配置につく。

『あと一分だ!』

佐久間が声を上げる。 は太助の隣に座り、今度はが佳主馬の後姿を見上げた。

「準備完了」
「こっちもいける」
「今度は勝つよ」
「気合入れろ」

ディスプレイにはそれぞれのアバターが映し出されている。佳主馬のために用意された大きなディスプレイのまん前のど真ん中に、ゆっくりと覚悟を決めた佳主馬が片膝を立てて座り込む。も、じっとディスプレイを睨み付ける。

「締まっていこう」

日本時間の正午を知らせる鐘が鳴り響いた。