ワールドクロックが12:00:00:00を表示させ日本時間の正午を示す。OMCと黒い文字でペインティングされた白い地面はOZ格闘場である印。キング・カズマの果たし状を読むか若しくは嗅ぎ付けてきたアバターたちは数知れず、遠巻きに群がりステージを縁取りするように円を作っていた。
吹き出しに表示される言葉は様々、ラブマシーンに敗退したキング・カズマを罵倒する言葉もあれば期待の言葉、それから不安もある。けれど何よりもやはり圧倒的に多いのは、キングとしてのベルトを失ったカズマへの批判。手の平を返したように180℃違う態度をとるのは人間が人間であるための性、期待していた分裏切られたと感じてしまうことが反動となり、風当たりが強くなる。そしてまた大きな功績を残すと、信じていましたと言わんばかりの歓声と崇拝の言葉で褒め称えるのだ。なんとも自己中心的で傲慢な生き物だろう。
以前とは容姿を変えたキング・カズマは額に装備していたゴーグルは首元にかけ、右目だけを隠した金髪から長い耳を微かな音も聞き逃すまいと、ぴんと立っている。サクマに仮ケンジまでも厳しい顔つきで左右をきょろきょろと見回す、約束の正午を過ぎラブマシーンが現れる様子は無い。
不意にキング・カズマが赤い目を鋭くさせ、上空を見上げた。優雅に浮遊しているOZの守り神である大鯨、ジョンとヨーコ。その合間を急降下してくるアバターは、どのアバターと比べても一際目立つ。









参戦









「きやがった!」

スピードを減速するつもりなどないらしく、さらに加速するとそのままフィールドに突っ込む。あまりの衝撃に仮ケンジの足元がふらつく。スピードは衰えることなく、衝撃で出来上がった土煙の中から先手必勝と言わんばかりに大腕を振るうラブマシーンが現れた。動きのキレと戦いに関する意欲は格段に上がっていて、フェイスを見ただけでも十分伝わってくる威圧感。しかしキング・カズマは、鋭い突きや蹴りを冷静に見定めては的確にガードや回避を行い、ダメージをくらう所か隙をついては強烈な蹴りをいれる。
アバターたちがざわめき出す。

「よっしゃー!」
「早い…凄く早い…」

二体の戦いは遥かに次元が違っていた、キング・カズマが敵なしと言われるのも当然だ。どんなに良い性能を兼ね揃えている機材を集めたところで元もとの技量が伴わなければ無意味、佳主馬には機材の性能を存分に発揮してやれるテクニックとセンスがある。ど素人、例えば健二に与えてでもしてみろ、勝てる試合も勝てやしない。ラブマシーンはあくまでも人工知能、リアルに存在する人間が操っているわけではないのだから、ベルトを失ったとしてもリアルのキングは佳主馬だ。もしも唯一キング・カズマを倒せる存在がいるとすれば、噂の的となっているnuのみ。不謹慎にも佐久間はキング・カズマ対nuの試合を見てみたいものだと、以前からの願望を過らせ口元に笑みを浮かべた。
器用にラブマシーンの攻撃を避け続けるキング・カズマが、ラブマシーンの片足を捕らえた。勢いにのった掌底がラブマシーンの顔面にヒットし、続けざまに肘打ち、そして回し蹴りが巨体を吹き飛ばす。

「…いける」

自信がついたのか、佳主馬の顔付きが変わる。
背中の骨を鳴らしながら起き上がったラブマシーンが、じろりとキング・カズマを見上げる。キング・カズマは怯えるどころか挑発するように手招きをしてみせるが、ラブマシーンは一瞬だけ横に視線を流すと空へと飛び上がった。挑発という行為の意味はAIの知識欲をもってしても取り込めなかったようだ。当然ともいえよう、ラブマシーンを相手に果敢にも立ち向かおうとする者など、キング・カズマくらいのものだ。

「逃がすな!」
「ポイントに誘い込んで!」

空かさずキング・カズマも飛び立ち、ラブマシーンを追いかける。

「こんなやつ、僕一人でっ」

ラブマシーンのスピードについていけない観客のアバターたちが、間近に迫る存在に慌てて逃げ出すがあまりにも遅い動き。邪魔をするようにラブマシーンにぶつかっては弾き飛ばされ、アバターたちの悲鳴が耳障りな程に大きくなる。自然と注意が散漫となり振り返った矢先、キング・カズマの飛び蹴りがまたもラブマシーンを吹き飛ばした。サイズの大きい本やインテリアが飾られている棚へ墜落し、定規や鉛筆といった文房具が宙に舞う。ラブマシーンは周囲に浮いている物を手当たり次第掴み取ると、キング・カズマ目掛けて放り投げる。はじめは文房具といった可愛いものだったが、最終的には自動車だけでなくバスまでも。だがキング・カズマはもろともせずに全てを弾き返すと、間合いを詰めるため前方へ飛び出す。 瞬間、横からキング・カズマを襲ったのは大きなビル。ビルを抱えていたのはキョンシーのアバター、さらに後方から同じくナイトのアバターがビルを抱えキング・カズマを挟み込む。

「盗まれたアバターを操ってる」
「そんなことまで出来るのかっ」

ぶつかり合ったビル同士がめり込みあい、モデリングが崩壊していく。破片が飛び散り、マテリアルの剥がれきった物体は、もう何の一部だったのかさえ分からない。
キョンシーとナイトのアバターはラブマシーンの前に並ぶと、いつか見た時のように光に包まれ吸収される。

「いけないっ、カズマくん逃げて!」

つい先日の出来事が健二の中でフラッシュバックされる。ラブマシーンと対等に戦えるのはキング・カズマだけ、それに佳主馬の大切なアバターをとられてなるものか。そう思うものの仮ケンジには叫ぶことしか出来なくて、悔しさが手汗となり滲み出る。キング・カズマはなんとかビルの間から抜け出そうと押し退けるが、びくともしない。

「きええええええぇぇぇ!!!!」

声高らかに現れたのは紺色の頭巾を被ったアバター、モチーフはイカ。海の中を泳ぐようにスピードにのりラブマシーンに一撃をくらわす。大きくUターンすると、着流し姿の侍へ姿を変え腰に下げてある日本刀を抜く。

「師匠!」
「今のうちに逃げろ!!」

愛用する白いDSを繋ぎ、万助が額に汗を滲ませながらもボタンを連打する。けれどビルはびくともせず、心臓の高鳴りと焦りが増すばかり。折角万助がくれたチャンスだったというのに何も出来ないまま、落ちていくマンスケを見つめ佳主馬は奥歯を噛み締めた。
同じようにビルに挟まれているキング・カズマを見つめ、は拳を強く握る。皆がこんなにも頑張っているのに自分は何もできやしないと、は自分へ対する怒りを募らせていた。何も出来ないけどとは確かに言いはしたが、まさか本当に何も出来ないまま終わるなんて、そんな恥ずべきことはしたくない。OZの操作を覚えたとはいえまだ不慣れな万助も全力を尽くしているというのに。
ほんの僅かな間、それは本当に僅か数秒のことだった。万助の手元にあるそれを注視したおかげで、一本道に立っていたは岐路を見いだせたのだ。

「っ!!」

急に立ち上がり接続ケーブルを漁りだした娘に、太助が目を見開く。

「おっ、おい、?」

ポケットに感じた重みをすっかり忘れていたなんて、対ラブマシーン戦に熱中していた証拠ではあるが真の抜けた話だ。 PSP用の接続ケーブルを掴み取るとは急いで本体を接続し起動させる。

さん?!」
「おい、何するつもりなんだよっ」

応えている時間が惜しい、は慣れた手つきでPSPを操作するとOZ世界へログインする。すでにIDとパスワードは記憶させているため、起動からログインまでの時間は要しなかった。少しの時間稼ぎくらいなら出来る、例えアバターを吸収されても、悔いではない。
大きなディスプレイに表示されたアバターに、佳主馬は目を疑った。