一本の閃光が迸ると同時に轟音が響き渡り、一瞬にしてキング・カズマを挟み込んでいた片方のビルが見るも無残な破片へと化す。予期せず圧迫がなくなったことでふらりとキング・カズマの体が前方へふらつく、まるで今の佳主馬の心情を表しているよう。キング・カズマの吸収を試みようとしていたラブマシーンの集中は削がれ、後光が散る。相変わらずのフェイスだが、邪魔に入ったアバターをしっかりと視界に捉えると、ターゲットとして容姿の認識を行いはじめた。
キング・カズマが宙を飛び交う破片の隙間から見つけたのは、狐のお面を被り男性用の中国服を纏っているアバター。厚底の下駄は重み以外の何物でもないように見えるが、それを全く思わせない随分と軽やかなステップで破片の一つに着地する。紛れもない、nu。

表情はお面で読み取ることは不可能だが、はいたっていつも通りの表情で画面を見上げていた。









一本気









「まさか、nu?!」

出現率の低いnuの登場に驚いたのはサクマだけではない、野次馬のアバターたちの吹き出しでディスプレイが埋め尽くされる、正に興奮状態。しかも同じ空間にキング・カズマとnuだなんて、OMCファンなら誰もが願っていたツーショット。中には機能を有効活用し写真までとり始める始末、まるで他国のアイドルが来日したような風景。状況を忘れお祭り騒ぎになるアバターたちにnuが構うはずもなく、ただ一点から視線を外さない。

は浅く息をはくと姿勢を整え、数秒瞳を閉じ集中する。

さんが、nu…?」

ラブマシーンがまたも盗んだアバターを操り、対戦相手と見なしたnuに攻撃を仕掛ける。
未だ信じられない健二だったが、厚底の下駄でアバターの顔に重い蹴りをくらわすタイミングと手元の操作のタイミングは見事に同時で、現実に息を呑んだ。キング・カズマとnuがまさか親戚同士だったとは。それだけではない、やはり男性だろうと予想されていたnuのプレイヤーが女性、いや性別が違うだけでなく女子高生だなんて。それを言っては佳主馬とてまだ中学生になったばかりの男の子。なのに健二が何故で佳主馬以上に驚愕するのかと言うとそれは、どの世界でも拭うことのできない偏見、があるからだ。唯一親しくしていた夏希はというとPCに全く詳しくない女の子だった、それが偏見に拍車をかけた。

「っ、後ろ!」

くまのぬいぐるみのようなアバターがnuの背後をとり、思わず健二が声をあげた。けれどもは予知していたように振り返ることすらせず、身を屈めるとひねり蹴りが弧を描く。柔軟な体つきはアバターだということを忘れてしまうほどしなやかで、まるで水が流れるような卓越した滑らかな動きに圧巻される。の観察力と瞬時の判断力の高さが、無駄な動きを作らない理由を物語っている。特別な魔術が使えるわけではなく、攻撃の手法はキング・カズマとなんら変わりはないはずなのに、全く違うものに思わせるのは何故なのか。疑問や謎、不可思議こそが、人々を魅了する。
健二はnuの試合を見た者がキング・カズマとの対戦を望むのも、分からなくは無い気がした。

「!!」

操っていたアバターと入れ替わるように、ラブマシーンがnuに襲い掛かる。自分のアバターをとられても構わない覚悟でのログインではあったが、まさかラブマシーンが自分に興味を示すと、は微塵も思っていなかった。手に滲む汗を拭き取りたくても叶わない。
一瞬で詰め寄られラブマシーンの殺人的な前蹴りが入ったように見えたが、の表情は崩れていない。nuは全くの無傷、絆創膏も包帯も、微かな擦り傷も見当たらない。いつの間にか撮影されていた動画が大きなディスプレイの隅で再生される。下顎を持ち上げ数cmというわずかな差だけで前蹴りを避けると、間隔を保ったまま綺麗なバック宙を決め10点満点の着地をみせた。

「…すごい」

感嘆の声を健二がもらす。OZ世界も、さっきまでのお祭り騒ぎが嘘のように静まり返っている。太助は展開についてこれていないようであいた口が塞がらない、それも当然だろう。親子でメールのやり取りだとかする際によく見る娘のアバターは、服装こそはワンピースやらスキニーやら着せ替え人形のように変わりはするが、普通の女の子。アバター名も普段はをそのままカタカナにしたものなのに、まるで異なる。自分の娘がOMCでランキング2位の座を不動のものにしているだなんて、信じ難い。

「佳主馬」

言葉を失っていた佳主馬に、が目配せをする。

「ラブマシーンの意識があたしにそれた」
「…みたいだね」

今ラブマシーンの周囲をキング・カズマが浮遊したところで意味は成さない。子供というものは新しい玩具が大好きなのだ。まずはnuから興味を無くしてもらわなくては作戦を実行することはできない、それか共にポイントへ誘い込むしかない。どちらにせよキング・カズマとnuで立ち向かったとしても勝機が断定できるわけではないのだから、確実な勝利を得るためにはタイミングを伺う必要がある。問題は途中参加のが上手くやれるかどうか、という話だ。

「チャンスを作ってみる。だから…」

タッグを組んで戦ったことがあるわけではない、タイミングを合わせろだなんて無謀そのもの。けれど口で伝えていたのでは確実にタイミングがずれてチャンスを掴むどころの話ではなくなる。大体、佳主馬がその言葉を受け入れてくれる保障だってどこにもない。自然とネガティブなことを考えてしまい、の口が躊躇いで次の言葉を発しようとしない。

「見逃さないよ、絶対に」

未だ立ったままでいたの腕を引き、佳主馬は自分と健二の隣にを誘う。

姉ちゃんのこと信じてる。だから僕を信じて」

を見つめる黒い瞳には、確かな強い意思が宿っている。心強く頼もしいだけじゃない、自分に勇気まで与えてくれるなんて佳主馬はただ者じゃあないな、とは改めて実感した。ここ数日での中の佳主馬の存在がどんどんと大きくなって、揺ぎ無いものへと変化しつつある。
は俯き浅く息をはくと数秒瞳を閉じ、姿勢を正しながらディスプレイを見上げた。並んで立つnuとキング・カズマを前に、ラブマシーンはどこか楽しげ。

「勝ちに行こう」
「勝ちに行くよ」

真っ先にnuが飛び出しラブマシーンの懐に入り込む、小柄なnuのスピードはキング・カズマすらも凌ぐ。大内刈に続き背負い投げをかけるが、持ち上げられたラブマシーンは強引に体を捻じ曲げnuの目前に立ち塞がる。太い腕がみしりと音を鳴らしnuの顔ほどある大きな掌が視界を埋め尽くすが、辛うじてのところでそれを受け流す。まともに正面から相手にするとあまりの体格差に、それだけで圧倒される。
向かってくる拳を二度三度回避し、nuは俊敏に体を回転させた勢いのまま拳をぶつけるとラブマシーンの軸がぶれる。いける、そう思った健二たちも自然と握りこぶしに力が入る。真っ直ぐと持ち上げられた脚が徐々に加速していく、強力なブラジリアンキックで全てが決まると思った。けれどラブマシーンはnuの細い足を鷲掴むと、いとも簡単に振り回し下方に放り投げた。
そこに上方に回り込んでいたキング・カズマが飛び蹴りを一発お見舞いする。遥か上空で見下しているキング・カズマを見上げるが、興味が失せたようにnuに視線を向けようとした瞬間、風が横切る。投げ飛ばしたはずのnuの姿が下方に見当たらない。再び見上げるとそこにはキング・カズマと共に、やはり無傷のnuがいた。わざと、油断をつかれたふりをしたのだ。

「ポイントに誘い込んで!」

健二の言葉を合図にキング・カズマとnuが駆け出す。振り返ると遅れて追いかけてくるラブマシーンがいた。
日本式の門に飛び込み、双方門の陰に隠れる。じっとターゲットを待つのも束の間、ラブマシーンがまんまと飛び込み空間の中央辺りまで進むとキング・カズマとnuをきょろきょろと探す。

「かかった!」
「佐久間!」
『予定通り!』

背後でゆっくり閉じていく扉に振り返った時にはもう遅く、バタバタと出口からの明かりが消えていく。佐久間のタイピングが終えるとショッピングモールだった仮想世界の店舗が、日本昔ながらの瓦屋根の武家屋敷へと変貌する。モデリングとテクスチャを変えていく数は増え、大きな城が姿を現した。最後の扉をキング・カズマが閉じると、アバターの雄叫びとも似た歓声が湧き上がる。

「やったぜばあさん! 佳主馬が決めたぜ! もなぁ!」

万助は佳主馬の頭をがしがしと撫でるというより掻き毟ると、今度は佳主馬も巻き込みごと抱き締める。苦しそうに顔を歪める佳主馬との隣で健二が頼彦たちに出番を告げる。

「頼彦さんたち、出番です!」

三体の犬のアバターが飛び上がる。ダックスフンド型のLEGOブロックのような邦彦のアバターには、近くの湖から伸ばしたホースが繋がっている。シベリアンハスキーの克彦のアバターが、城壁の一部を鉞で壊すと給水口が現れクニヒコがパイプを嵌め込む。物凄い勢いで水が流れ込みだし、あまりの勢いにパイプがガタガタと給水口とぶつかり合う。サクマに負けず劣らず四角い頭をした頼彦のブルドッグのアバターが、クニヒコを抑え込むように後ろから支える。
城内の様子を映した映像にはどうにか外に出ようと粘っていたラブマシーンが、映っていたが滝のように流れ込んでくる水に呑まれ姿の確認はすでに不可能。

「やったぁ!」
「やった!」

太助が健二に抱きつき喜びを最大限に表現する。ずっと柱越しに様子を見ていた真悟たちは自分の父たちのアバターが映っているディスプレイを眺めては、DSに映る自分のアバターを見る。オレのも同じアバターにすると駄々をこねる姿は子供らしくて可愛らしい。2歳の加奈は佳主馬の膝の上で、おしゃぶりをつけたままパパかっこいーと指差す。いつもはクールな佳主馬の表情にも笑みが浮かんでいる。
勝ったんだ、はPSPを畳の上に置くと肩の力を抜く。今になって微かに震えている自分に少しだけ笑えると思いながら、栄のことを思った。

勝ったんだ、勝てたんだ。