日本時間の正午を示した時と同じ電子音が鳴り響き、ワールドクロックの周囲に大小サイズが様々な丸いウィンドウが表示された。
「な、なんで…原子力発電所が…?」
緯度や各箇所の地名とともにウィンドウ内に映されているのは原子力発電所の様子、少しずつズームインしていきより一層鮮明になっていく。中央に表示されているカウントダウンの数字と関連がないわけがなく、不気味さが込み上げる。
戻ってきた万作たちは、健二たちの様子に小首を傾げ縁側で立ち止まった。確か作戦は成功し勝ったはずではなかったか、それなのに呆然とたちは立ち尽くしている。
「…大変だ…」
「えっ?」
インカムをつけたままの理一が神妙な声で言う。
「米軍の秘匿回線でアラームがなっている。日本の小惑星あらわしが、制御不能のまま地上に落下中…」
「ええっ?!」
「あらわしはGPS誘導で任意の場所に落下できる性能がある」
偶然とはいえラブマシーンはGPSを制御するアカウントを取り込んでいたのだ。そういえばラブマシーンが現れた当初から、小惑星あらわしは制御不能の状態であるというニュースが流れていたことを、は思い出した。つまり最終兵器を初めから隠し持っていたようなもの。
「もしやつがあらわしを操ってるとしたら…!」
どれほどの被害になるのか考えるよりも、人類の終わりを思い描く方が早い。現実世界ではアニメの世界のように大気圏を突破し、宇宙で自由自在に動くことが可能なロボットがいるわけではないのだから。あらわしを止める術なんて、非現実的な考えでなければ思い浮かびもしない。
「じゃあ、このカウントダウンは、」
「世界500箇所以上の各施設のどこかへ、あらわしが墜落するまでの時間…」
どこに落ちたとしても被害は広範囲、いや、地球まるごと呑み込み地球上の生物全てが死滅する可能性だって、有り得る。
占めるのは絶望
「遊びだって?! 人間を滅ぼすことが遊びだって?!」
栄の遺書とも言える手紙を握り締め、たちの居る元へ辿り着いた夏希が耳にしたのは、佳主馬の叫び声。今までに聞いたことのない悲痛の叫び、いつだって冷静な佳主馬がこれほどまでに感情的に訴えるとは、検討もつかない夏希はその場に居る一人一人の顔を見渡す。緊張で張り詰めた空間に踏み入ることが出来ず、廊下で立ち止まってしまった。騒ぎを聞きつけた聖美たちも、静かに事の治まりを待っている。
「そんな…嘘だろ…」
脱力したように佳主馬が言った。
「やつにとって、これはただのゲームだ。なんらかの思想や恨みでやってることじゃない」
知識欲はあっても、ラブマシーンはきっと命の尊さになんて興味を示すことはないだろう。むしろ内部に埋め込まなければ理解してくれそうにもなさそうだ。その理解も、あくまで理屈的に、ではあるが。
「米軍内でもかなり混乱しているようだ。実証実験のつもりが、こんな事態を招くとは想定していなかったんだろう」
人類の危機だというのに想定していなかったでは許されない。これで滅亡してしまえば勝ち逃げになってしまうのかもしれない、それだけはさせるかとの闘志が燃える。 米軍だけではない、侘助もだ、まともにお詫びの言葉も責任も取っていないのにこのまま終わらせたくはない。しかし、理一の口から発せられる言葉は途方もなく、最善どころか手段の一つも浮かんでこない。
「秒速7kmで落下する直径1mの再突入体は、隕石や弾道ミサイルそのものだ。仮に原子炉を突き破り核物質が広範囲に撒き散らされた場合、被害は検討もつかない」
「じゃあ、どうすれば…」
「今まで奪われたOZアカウントは全体の38%、4億1200万。その中からGPS官制を司るアカウントを取り戻すこと。2時間以内に」
GPS官制を司るアカウントは勿論1体だけ、4億1200万分の1を取り戻すなんて馬鹿げている。まとめて一気に取り戻すにしたってそうだ、絶対的に不可能でしかない、しかも制限時間があるじゃないか。こうしている間にも刻一刻とカウントは進み貴重な時間が削られていっている。大体、誰がそのアカウントを取り戻すのかといったら、指名されるのはキング・カズマ。ディスプレイに映る白い吹き出し欄は数を増やし、キング・カズマ助けてという類の言葉ばかりで埋め尽くされている。nuと力を合わせれば、なんて力の無い輩は好きなことを言うものだ。
「4億分のOZアカウントなんて取り戻せるわけないだろ!!」
「しかし…他に方法が…」
「……佳主馬?」
聖美の声に佳主馬が勢いよく振り返った。いつの間にかそこに居たお腹の大きな母を、真っ青な顔で見つめる。
「何が…起こっているの? それ、ゲームの中のことでしょ?」
不安げに問いかけてくる聖美に、応えることが出来ない。
「ね、ねぇ、そうよね?」
佳主馬はぐっと奥歯をかみ締めると、ディスプレイの前に両膝をつきキーボードを打ち始めた。壁にめり込んでいたキング・カズマが強引に抜け出すと、ひび割れが拡大し壁一面が崩れ落ちる。ぼろぼろのキング・カズマの治癒が完璧ではないことくらい一目瞭然。だというのに佳主馬はキーを打つ手をやめようとせず、黒い巨人の真正面に猛スピードで向かっていく。
「佳主馬!」
『無茶だキング! 敵いっこない!』
「うるさい!!」
佐久間の制止の声を聞き入れようとしないどころか、の手までも払い除ける。
世間の人々が知らないと言えど、13歳の少年に世界のピンチを救ってもらおうなんて、いざという時だけ縋るだなんて虫のいい話があっていいのだろうか。真のファンならもしも負けたとしても罵倒の言葉など吐き捨てない。一体この吹き出しの中に真のキング・カズマ信者がどれほどいるというのだ。には決して知る由もないことだが、他人任せに頼ってプレッシャーで押し潰してしまっていることに気付いていないことが許せなかった。佳主馬ではもう、抱えきれないほどの重み。
またもPSPを掴み取る、何度も同じ行動をとられては何をしようとしているのか簡単に読めたらしく、リイチとタスケがnuを両脇から捕まえる。
「さん!」
「よせ!」
「離してお父さん! 理一さん!」
「駄目だ!」
こうしている間にもキング・カズマはどんどんラブマシーンとの距離を縮めていく。遠慮なんてしていられない、nuはリイチに肘鉄をタスケに左ストレートをいれると地を蹴った。しかし次に視界に入ったキング・カズマは正に無数のアバターたちの波に飲み込まれる瞬間で、の体が硬直すると同時にnuも硬直して動かなくなった。黒い波に巻き込まれ姿はすっかり見つけることができない、キング・カズマが動いているのかどうかも確認できない。それでも佳主馬は只管コマンドを打ち続ける、その姿があまりにも痛々しくて、はこみ上げてくるものを抑えきれそうになかった。
ようやくアバターたちがラブマシーンの元へ戻り始めるとキング・カズマ1体だけがそこに残る。見るも無残な変わり果ててしまった姿に、は見ていられなかった。そこらに浮遊しているゴミくずや破片と同じように、だらしなく両腕をぶら下げ、宙を漂っている。
無心にキーボードを打ち続ける佳主馬に誰も声をかけられず、カタカタと規則正しい音だけが響く。初めから分かっていたんだ、無謀だってことくらい。佳主馬は乱暴にキーボードを叩き付けた。
ラブマシーンは何重もの輪で出来た後光を背負うと、キング・カズマが透明な球体に包まれラブマシーンへと引き寄せられる。ギザギザな歯が相変わらず特徴である口元が開口し、大口の中に吸い込まれ、音をたてて呑みこまれた。憎らしくも二本の長い耳を生やし、ラブマシーンが勝利の雄叫びをあげる。キング・カズマの特徴でもあるその耳は、嫌味のつもりなのかと、否応なしに思わずにはいられない。
「おばあちゃん…ごめん…」
嗚咽を交えながらぽつりぽつりと佳主馬が声を発する、俯いている鼻先に溜まった涙が、音を立ててぽたぽたと畳の上に落ちる。
「母さんを、妹を…守れなかった…」
佳主馬の姿に聖美が口元を覆い涙を見せる。まだ小さな体で母も妹も守ろうとしただなんて、中学生でも立派な大人だ、陣内家の男だ。
が泣けない時、佳主馬が泣かせてくれた、自分は泣かずにを支えてくれた。なら今自分が泣いてる暇などないじゃないか、泣かないことで何か出来るとは思えないが、弱気になっちゃいけない。は佳主馬の左肩に手を回すと、ぐっと自分の体を引き寄せた。万助は優しく佳主馬の頭を撫でる。
「あと何か出来るとすれば」
「侘助だけだ。でも…」
「帰ってくるわけない、か…」
この先絶望しか見えない現状に、全員が途方に暮れる。けれどその中で唯一一人だけ、まだ勝つ気でいる者がいた。
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