了平の応援でテレビの前からちっとも動かなかった由美を、ずっと遠慮がちだった奈々が強引に引っぺがした。
「原発が狙われてる?! 大変じゃないっ」
「あぁ、追い詰められてる」
「た、食べてる場合なの?」
冷静に、だが箸を動かす手をやめない皆を由美が見回す。知らない内にすっかり進んでしまっている話の内容の規模が大きすぎて、困惑の色を隠せない。
「遺言だからな」
おにぎりにかぶり付きながら、万助が言った。
「敵は圧倒的なんでしょっ?」
「慶弔20年の大阪夏の陣じゃ、徳川15万の大軍勢に打って出た」
「でも、負けたんじゃ…」
弱気な由美に、今度は万作が強めの口調で言う。
「こういうのは勝ちそうだから戦うとか、負けそうだから戦わないとかじゃないんだよ」
女系家族だから男性陣の肩身が狭いという太助の発言を忘れてしまうほどの貫禄。陣内家の男に相応しい瞳だ。
遅れて来た侘助が、万助と佳主馬の間にあぐらをかいて座る。これでようやく陣内家一同が集結した。がつがつと食事を進める箸が行き交う食卓にまじり、おかずを口にする。久しぶりに実家に帰ってきたかと思ったら食事もせずにビールだけを喉に流し込んだ侘助が、ここでは初めての食事だ。栄はもういない、なのに栄の作る料理とよく似た味が口の中に広まるのに疑問を持つ必要はないだろう。朝食はショックでまともに喉を通らなかったせいか、普段よりも早いスピードでお皿の上のおかずが減っていく。栄の言葉を聞いたおかげで落ち込んでいた気持ちもすっかり元気を取り戻し、空腹感が戻ってきたせいもある。その中一人だけのんびり食事をするの受け皿に、隣にいる聖美がには何も聞かず、おかずを盛りつけた。
「負け戦だって戦うんだ家はなぁ。それも毎回」
「馬鹿な家族っ!」
「そう、わたしたちはその子孫」
「確かに、あたしもその馬鹿の一人だわ」
落ち着いた様子の万里子と直美は、すっかり諦めモード。
「でもでもっ、何か策はあるんでしょう?」
「今からやつをリモートで解体する、だが間に合うかどうか五分五分だ。そこで…」
侘助が食べかけのおにぎりを見つめていた視線を健二に向けると、親戚全員が健二に注目する。
「混乱の原因はアカウントを奪われていること、もっと有効な手段で奪い返すにはどうしたらいいか」
「有効な手段?」
せっかちに動かしていた手を止めると、健二の言葉に集中しだす。参謀が敵を倒す作戦内容を発表しているも同然、聞き逃すまいと誰もが聞き入っている。
「やつはゲーム好きだって言ってたよね?」
「え?」
健二はラブマシーンはゲーム好きだと見抜いた佳主馬に情報が誤っていないか確認するように、聞き返した。一度手合わせをすれば、相手がどういった気持ちで臨んでいるかなんて見抜くのは容易い。格闘技であっても、ボードゲームであっても、それは何に関しても適応される。
「これですよ」
テーブルの上に並べられた沢山のお皿に隙間に健二が置いたのは、ここにいる者なら見覚えのないわけがないもの、花札。追い詰められている状況でよく思いついたものだ。いや、こちらにはキング・カズマがいたし、今はnuの存在だって確認できている、だからOMCにとらわれ過ぎていたのだ。そしてなにより、花札だなんて陣内家にこれ程にも相応しい戦い方はない。
は箸を口元に運びながら言った。
「リスクは高いけど、夏希がいる」
「あ、あたし?!」
「はい、夏希先輩お願いします」
夏希の勝負強さは周知の事実、一同も反論ないようで真剣な眼差しで夏希を見つめていた。その時泣き崩れる佳主馬の姿を夏希の脳裏を横切った。自分が世界中の期待を背負って戦えるのだろうかと思ったら、変な汗が滲み出てきた。期待だけではない、世界中の命、大袈裟に言えば地球のピンチを救えるのか、思考を巡らせれば巡らせるほど事の大きさに、圧迫感が押し寄せる。無理だ、そう言おうとした。
「夏希なら絶対に負けない。大丈夫」
「……」
アルバイトの内容を告げずに上野まで健二を連行してきた夏希はどこへ行ってしまったのか、栄の死で随分しおらしくなってしまったものだ。弱気な夏希だなんてらしくなさすぎて逆にこっちがやり難い。
「夏希先輩なら、できますよ」
視線を合わせると、目が合うのが苦手なのか照れて逸らしてばかりいた健二が、真っ直ぐ夏希の瞳を見ていた。健二の黒い瞳にはっきりと自分が映っているのが、隣に居る夏希には分かった。自分の知っていた後輩とは違う雰囲気を漂わせている健二に、少し戸惑いながらも逞しさを感じる。
意を決したように夏希は強く頷いた。
こいこい
ついに制限時間は1時間をきり、お決まりの電子音を響かせる。
これから起きようとしていることを嗅ぎ取ったのか、ラブマシーンの本体を取り巻くアバターたちがざわめき出す。なにもない風景から突如、黒々とした巨人を黒い空間が包み込む。暗い空間でありながらも煌びやかに発光する照明がカジノステージらしさを表現している、これほど最大限にネオンを活用しているステージはない。
<OZ、カジノステージへようこそ>
女性の声でアナウンスが流れた。状況を把握できずに、ラブマシーンにしては珍しく微動だにしない。
「あなた、そんなにアカウントが欲しいの?」
可愛らしい声がカジノステージに響いた。ラブマシーンはゆっくりと体ごと声の主を向くとターゲットを確定し容姿の情報を記憶する。袴姿の少女は袖をまくりあげ、凛とした表情で自分の何十倍、何百倍もあるラブマシーンと対峙していた。セミロングの黒髪は袴姿によく似合い、頭頂部には小鹿の耳がぴんと立っている。
「いいわ、あたしのをあげる」
胸元を叩くと、ラブマシーンをさらに強く睨み付ける。
「ただし、あたしとの勝負に勝ったらね!」
KOIKOIと表記されたアイコンに矢印のカーソルが重なり、赤く縁取られると元のサイズよりも拡大して存在が強調された。
<花札が設定されました。掛け金を設定してください>
掛け金の設定を促すアナウンスが流れると共に、騒がしかったカジノステージの背景が一瞬で様変わりする。よくよく注意してみると、桜や牡丹、鶴や鹿など花札の絵を題材にした風景だ。ゲームの内容にあわせた風景に変わるとは、流石凝ったプログラムを組み込んでいる。
「掛け金は、あたしの家族!」
ナツキが声を高らかに宣言すると、後方にアバターがログインし姿を現す。ぶさかわリスの仮ケンジや犬をモチーフにしたヨリヒコ、クニヒコ、カツヒコたちを筆頭に個性溢れるアバターが総勢21体。その中には勿論佐久間も含まれている。
今回の騒動で久しぶりに姿を見せたnuの憶測がまたもOZ中を騒がせていた。はそういった掲示板やら情報サイトに全く興味なく、自分のアバターがOMCファンの中で話題になっていることすら知らなかった。キング・カズマのピンチに現れ、もしかして何かしらの繋がりがあるのではないのか、とか又はその裏をかいた妄想であったり。周囲には観客といえるアバターは1体も見当たらない、ここまで巨大になってしまったラブマシーンを前に、野次馬も限度を弁えているらしい。しかしながら、この様子は閲覧しているに違いない。ナツキが家族と宣言したアバターたちの中にnuが居ることについても、どこかでそれをつまみにしているに決まっている。
「お互いのアカウントかけて勝負よ!!」
夏希は携帯を握る手に汗を滲ませ、ラブマシーンを見据えた。
←→