<参加者が現れました>
「きた!」
ラブマシーンがゲームに参加する旨を意思表示すると、アナウンスが簡単なルールの説明を始める。日本語で説明すると同時に翻訳され、流暢な英語や中国語がBGMのよう。さらにはアナウンスで説明されている言葉がエンドロールのように下から上に流れる。現れた大きな花札は、ラブマシーンにとっては小さすぎる、ナツキにとっては大きすぎるサイズだ。アナウンスが説明を進めると同時に、各々の上方に1枚ずつ掲げられ、手前には手札用の8枚が配られる。
<このステージではカジノルールが適用されます。こいこい一回ごとに、得点が倍になります。最後にあがったプレイヤーが得点の総取りとなります>
緊張を楽しむ時間など与えない機械的な速さで札が捲られた。
<柳に燕、菖蒲にカス>
前者がナツキ、後者がラブマシーンの札の結果だ。
<親がナツキさんに決定しました>
ラブマシーンとナツキの間である場に8枚、絵柄が分かるよう表になって配置された。ナツキはじっくりと手札に目を通すと、今度は場の札に目を通す。親が決定するとそれからの勝負はとてもスピーディで、時間が過ぎ去る早さもあっという間だったが、一戦一戦が本当に一瞬だった。
<それでは、ゲーム開始です>
強運の持ち主
ついにゲームが始り、タタンッと札を切る音が一定のテンポを保ちながら番の交代を繰り返す。ナツキの選択に黙っていられない一同はああでもないこうでもないと、それぞれの意見を大声にして発する。黙って見ているのはラブマシーンの解体作業に集中している侘助と健二、それから佳主馬とくらいのもの。集中できないと夏希が声を張り上げた。
「ちょっと黙って!」
揃った役、青短がナツキの背後に火花を散らして並ぶ。KOIKOI?という文字が大きく表示され、さらにアナウンスで夏希の次の手を催促する。
<こいこいにしますか?>
「こいこい!!!」
当然だと夏希よりも一同が先に声を揃えて宣言する。
「こいこい!」
三光に短が続き、夏希の一勝目が確定する。
<ナツキさんの勝ちです>
夏希が大きく息を吐く背後で、一同が喜びに顔を見合わせる。
「こりゃいいや、やっこさんてんで素人だ!」
「ちっちゃい頃からばあちゃんに仕込まれたウチらをなめるんじゃないわよ!」
<26のアカウントが移動します>
「4億分の26、かぁ…」
巨体からまるで塵のように、26体のアバターが移動し、夏希の掛け金に追加され合計が47となる。勝利で気持ちは高潮したが取り戻せたアカウント数はわずか26、4億という桁数を目前に、あまりにも小さすぎる数字に表情は不安で曇る。不安の打ち消し気合を入れるようにナツキは叫んだ。
「次よ!」
<親のナツキさんがレートを決めてください>
掛け金を10に上げ2回戦目に突入する、試合は変わらずスピーディであまりにも単調的。OMCと違い敵にダメージを与えるようなものではないため、ルールを知らない者には適当に手札と同じ絵柄の札を選んでいるだけのようにしか見えないだろうが、着実に役を揃えていく。番がきたら一枚ずつ上から引いていく山にいたっては、何が出てくるかそれこそ運次第。だからこそ役を揃えることは容易ではないし、如何様をしようと思って簡単にできるようなものではない。それがディスプレイの中のゲームであるなら、なおさら。
三光、花見で一杯、四光の役を揃えナツキが7連勝目を決めた。最初こそは騒ぎ立てていた親戚たちはいつの間にか口を紡ぎ、真剣に見つめるディスプレイに穴が開いてしまいそう。仮想世界も現実世界も一戦ずつ勝利を増やしていくたびに緊張感で張り詰めていく。
タネ、雨四光、猪鹿蝶で21連勝目を決め、夏希の気迫に全員が息を呑む。
45連勝を決めたところで、ナツキがレートを10から100に上げた。
「こいこい」
これでもかと札を切り。
「こいこい!」
夏希の勝負運は止まることをまるで知らない。
「こいこいっ!!」
揃いに揃った役たちがナツキの背後に微動だにせず並んでいる、その存在は夏希の腕前を物語っている証、存在感は凄まじい。
『夏希先輩凄ぇ…この短時間で30万以上のアバターが解放された』
303,146体のアバター、だが4億まではまだ程遠い。佐久間はつい感嘆の声を漏らしつつも、把握している現在の状況を正確に伝える。
『だがまだ危機回避に有効なアバターを奪えてないっ!』
「侘助さん…!」
侘助を急かす言葉をかけることしか出来ない健二はどこか悔しそう。けれども健二よりも悔しい思いをしているのは佳主馬だ、リベンジでもラブマシーンに敗退し、キング・カズマを奪われた。親戚一同が団結し戦っているというのに、自分だけはただ座って見守っていることしか出来ない。誰でもない自分自身を、佳主馬だったら責めるのだろう、自責の念を背負い込んでしまうのだろう。
解放されるアバターはランダムで決まる、この勝負自体運ではあるがそれよりも遥かに、危機回避に有効なアバターを解放することが運そのもの。もしかしたら最後の最後でようやく、ということだって確率としては十分に有り得る。
49連勝しレートは10,000、はワールドクロックに視線を向けた。時間は32分、もうすぐ30分前をきろうとしている寸前、残り30分でどこまで出来るか。制限時間が気になったのはだけでなく、ナツキも刻々とカウントしていくワールドクロックを見上げていた。
その気をとられた一瞬の隙をつき、ラブマシーンが菊に杯に菊にカスを叩き付ける。
「っ、しまった…!!」
花見で一杯、この瞬間を狙っていたかのよう。
<unknowさんがこいこいしませんでした>
勝負が始ってから負け続けでAIにも悔しいという感情が芽生えたのか、こいこいをしないことで必要のない悔しいという感情を、ナツキに突き返す。こいつに勝てばこいつよりも強いやつが勝負を仕掛けてくるに違いない、純粋にプログラムがそう判断したのかもしれないが、たちにとっては巨悪でしかない。ナツキが負ければ、次は全てを巻き込んでの破滅しかない。
<ナツキさんの負けです。得点が移動します>
ナツキの負けが宣言され、勢揃いしていた役たちがぞろぞろと手の裏を返したようにラブマシーンの背後へつく。ラブマシーンの表情など読むことは不可能だが、嘲笑っているようにしか見えない。純粋にゲームが好きなだけではない、ラブマシーンにとっては勝負を受け勝たなければ意味がないのだ、これではまるで弱いもの苛めではないか。力をむやみやたらに振りかざし意味があるというのかと問いかけたところで、AIにはそれこそ無意味。
<ナツキさんの持ちアカウント、74です。現在のレートに対して掛け金が不足しています、ここでゲームを終了しますか?>
現在のレートは10,000、負けたナツキにレートを変更する権限はない、ここで負けを宣言する他に選択肢は残されていないのだ。6桁もあった数値が急激に減り、2桁で点滅を繰り返す。元の21よりは大きい数だが4億を目前に、しかも制限時間は30分をきっている状況。
<現在のレートに対して掛け金が不足しています、ここでゲームを終了しますか?>
非道にも同じ音程で同じ台詞のアナウンスが繰り返し流れる。選択肢はNO一つしかない、押してしまえば全てが終わる、それこそ最期という意味だ。押したくない押してはならない、けれども両脇を高い塀で囲まれた一本道しかないこの先をどうやって歩くというのだ。呼吸の仕方も忘れたように荒くなり、ナツキが唇を震わせ額に汗を滲ませる。気が遠くなり、アナウンスの声はいつの間にかナツキの耳には届かなくなり血流の音すら聞こえない無音の世界が包む。
瞬間、さきほどまで74を表示していたはずの掛け金が、75を表示した。
「っ?!」
ログインの音が背後から響き、思わずナツキは振り返る。二頭身の粘土で作られたようなアバターが、ぽつんとそこに居た。吹き出しに表示されたのはドイツ語で、すぐさま自動的に翻訳されるとドイツ語が裏返り日本語が表示される。
ナツキへ
ボクのアカウントを
どうぞ使ってください。
「ドイツの男の子からだ」
「誰? 佳主馬のファンか何か?」
「知らない」
するとそれぞれの母国語でそれぞれの思いをのせたコメントが、アバターの写真と共にディスプレイを埋め尽くしていく。一度埋め尽くしただけでは事足りず、二度三度と、ディスプレイを塗り替える。掛け金の数字もみるみるうちに数を増やしていき、効果音が鳴り止む様子がないほど。
野次馬すらいなかったがらんとしたエリアに大勢のアバターが押し寄せ、たちの視界を埋め尽くした。一体どうしてこんなにも多くのアバターたちが集まってきたのか、親戚一同は驚きの表情のまま顎を持ち上げ辺りを見回す。1体ずつ容姿を確認できないほどのアバター数に、は見惚れたような吐息をはいた。
「総アカウント数の13.837%! 1億5千万以上のアカウントが集まった!」
「なんでこんなに?」
「きっとナツキが美人のおかげだ!」
自分のためではなく世界のため必死になって頑張るナツキの姿に、諦めずに去ろうとしない家族の姿に、心動かされた者たちが集結したのだ。これさえも、ナツキの強運のおかげなのではないかと思わされる。先ほどまでもうあとがない土壇場の状況だったというのに、まるで天と地が引っくり返るような出来事。いや、実際ひっくり返っただろう。見て見ぬふりなんていとも簡単にできるはずだ、総アカウント数の約13%とラブマシーンに奪われているアカウントを配慮しても、約50%ほどとみていいだろう。残りの約50%は素知らぬ顔をしてチャットを覗いているだけのような軽い気持ちで見ているのか、この勝負のこと事態耳にすら入っていないのか。
何にせよ見て見ぬふりなんて簡単にできるのに、これだけのアバターが名乗りをあげてくれたのだ。大切な人を守りたいと願う心が皆に勇気を与え行動に移させてくれた。奇跡としか、言い表せない。
アカウントをナツキに預けます。
わたしたちの大切な家族を、
どうか守ってください。
ナツキの涙の粒が宙を舞う。嬉しさのあまりに溢れ出る涙を止めることができず、ナツキは顔を両手で覆った。
瞬間、水飛沫を吹き出すように、ナツキたちよりも下方に居たジョンとヨーコがそれぞれクラウンから光を放つ。光は緩やかな一直線を描きながら上昇し、硝子球のような色とりどりの光の球体が散らばり鮮やかさが強調される。少しずつ加速し二本の光は交じり合い、魔法の調合が上手くいったようなフラッシュがたかれると一体となり、そのままナツキ目掛けて迸る。ナツキを包み込むように光が弾け飛ぶと身に纏っていた袴が靡き、伸びた黒髪が大きく波を打った。どこからともなく砂上の光と共に花弁が舞い散り赤い着物に刻まれると、上には白い羽織が重ねられ、刺繍の施された紺色の帯が締めらる。不思議な色合いの眩い光を纏い鳳凰の羽を背負う、その姿は天女。
「なっ、なにが起こったんだ…?!」
「OZの守り主が、ナツキに吉祥のレアアイテムを授けたんだよ!」
自信に満ち溢れた表情で、ナツキはラブマシーンを振り返った。神々しさは後姿だけでも十二分なもので、全ての者の恐れも不安も消し去ってしまう。
<unknowさんがレートをあげました。一文につき、一千万アバターです>
10,000からゼロの数が一桁ずつ増えていき、10,000,000の数字が表示される。
「一千万…?!」
「あいつ、勝負つける気だっ」
8桁の数字にショウタたちは怯むが、ナツキは表情を変えずむしろ不安など微塵も持ち合わせていない様子。国境を越えた人々が声をかけあったわけでもなく自然と集まり加勢してくれた、勝利を願いOZの守り主が吉祥のレアアイテムを授けてくれた。傍に家族が居てくれる。一人じゃない。それがナツキの糧となる。
<では、ゲーム開始です>
ナツキは袖をはためかせ腕を振るい、札を畳に叩きつける。一手一手にこめられた想いが具現化し光を放射する。
<三光です>
一度は得点を全て奪われ札の残されていなかったナツキの左後方に、再び揃った役が火花を散らして並ぶ。揺れる黒髪の合間から金色のピアスが見え隠れし煌く。
<猪鹿蝶です>
ナツキの右後方に役が並び、表情が歪むようにラブマシーンの輪郭が崩れる。黒々とした巨人と光明を纏う天女では、ラブマシーンの醜さが際立ちフォローの言葉すら出てこない。
<赤短です>
こい、と誰かが声にするとつられて声が重なっていく。
<雨四光です>
ついには大合唱となり声だけでステージ全体を振るわせると、ラブマシーンを怖気づかせた。いつでも余裕そうだったラブマシーンが本格的に歪み始める、例えアバターだとしても持ち主の分身、心までは奪えない。奪われたアバターたちはコントロールが不可能ながらも心に抱えた悲しみをラブマシーンに訴える。さらに、ナツキの迫力に臆し、後退する。
「いけーっ!!」
「夏希、やれー!!」
「やっちまえっ!!!」
携帯電話や携帯ゲーム機を汗ばむ手で握り締め、万助や子供たち、おじやおばたちがお腹から声を張り上げる。もこい、こい、と心の中で強く強く念じる。
ナツキは片腕を挙げ上空に高く札を持ち上げると、初めからアクセル全開でチリチリと今にも発火しそうな火花を散らしながら勢いをさらにつけ、畳に叩きつける。舞い上がった二枚の札は温かみのある橙色の光に包まれ、桃色の桜の花弁がステージ全体に降り注ぐ。
<五光です>
ほんの数秒の静寂後、大歓声が巻き起こり集まったアバターたち同士が喜びではしゃぎ回る。ただでさえ強運の持ち主であるナツキが吉祥のレアアイテムを入手した時点で、負ける気など起きないし勝ったも同然。大観衆と咲き誇る桜に舞い散る花弁、総立ちした鳥肌を隠すようには両腕を擦る。
「…すごい…」
愛しそうにディスプレイを見つめているを佳主馬が一度横目で盗み見ると、ディスプレイに視線を戻した。夏希の強運には、も佳主馬も負ける。
<ナツキさんの勝ちです>
夏希の勝利が宣言され、今度こそラブマシーンの敗北が確定した。
栄に胸を張って報告ができる、身内の仕出かした間違いを、仕出かした本人も含め家族全員でカタをつけたと。それだけではなく見ず知らずの世界中の人々までもが力になってくれたことも。きっと栄は普段の凛々しさが嘘のように、歯を見せて可愛らしく、まるで自分のことのように嬉しそうに笑うのだろう。容易に想像できる栄の表情に、ついの口元が緩んだ。
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