日曜日の朝8時30分、テレビの前を陣取っていたのは佳主馬の妹である彩佳と。彩佳はの膝の上で行儀良く座り随分機嫌の良さそうな様子で、兄の姿を見つけると更に表情を明るくした。
「佳主馬、おはよう」
「お兄ちゃん! おはよー」
の膝の上から立ち上がると、ぱたぱたと佳主馬の元へ走り出しにっこりと微笑む。
「おはよ」
産まれる前は妹なんてと思っていた佳主馬だったが、存在を確かめると案外良いものでこうやって自分の姿を見つけると寄ってくる所だったり笑う姿は可愛いと思う。佳主馬は中学二年生位までは私服で歩いているとよく女の子に間違われていただけあって、やはりちゃんとした女の子である彩佳は容姿的な意味でも本当に可愛らしい。同じく妹を持って翔太の気持ちも分からなくはないが、翔太を鬱陶しいと思う気持ちは変わらない。
彩佳にぐいぐいと手を引かれ、佳主馬もテレビの前に座ることを余儀なくされる。曜日と時計の時間を確認し、何を放送している時間帯は把握していたが、知らないふりをしてわざとに声をかけた。なんせ家に居るときはいつも佳主馬が彩佳に付き合って、一緒にテレビの前を陣取っているのだから。
「何観てるの?」
「プリキュア」
彩佳は迷いもせずの膝の上に戻りテレビのオープニングと一緒に外れた歌声を披露している。それを微笑ましく見ているの表情はとても穏やかで、つい見とれてしまう。
「彩佳、そっち座るんだ」
翔太のことを言えず、佳主馬も実はシスコンだったりするのだ。幼い頃の佳主馬は酷い人見知りで、長期間会わないと次に会った時は初めて会ったかのような人見知りを発揮し、それが次の年もその次の年も繰り返されるのだ。逆に愛想が良く人懐っこい彩佳は長期間会えなくても、会えなかった間が無かったかのような懐きっぷり。いつもなら佳主馬の膝の上を特等席としている妹が、迷いもせずにの膝の上を選んだものだから、少しばかり嫉妬心が芽生える。佳主馬の意外な一面を目の当たりにし、くすくすと耐え切れずに笑い声をもらしたに、はっと佳主馬は我に返った。
「彩佳ちゃん、お兄ちゃん寂しいって」
「やっ、別にっ、ちがっ」
「じゃあここに座ってあげるね」
2人の膝の上に座ることはできないからと、僅かに空いていた2人の間に座り込む。まだ小さな彩佳にとっては十分な空間で、むしろ居心地が良さそうだ。
「初めて観たけど、可愛いね」
ストーリーが始まり、彩佳はすっかり釘付け。の視線も彩佳同様テレビに向いたままだが、自分に対して話しているのだと佳主馬には分かった。
「加奈も観たそうにしてたんだけど、行っちゃった」
「ふーん…」
「加奈、真緒にべったりだから」
男子より女子の方が大人だなんて世間一般では言われているが、女子というのは背伸びをして我慢をする生き物のような気がしてならない。個人によっては自分は他の人とは違うという中二病的な発想を持っている子もいるけれど、基本的には他の人と違うことにとても敏感で、拒絶したり無理をして周囲に合わせたり。プリキュアを観たそうにしていた加奈だけれど、真緒の後ろを幼少時代の夏希が侘助の後ろをついて歩いていたようにべったりで。懐いているというよりは、まるで真緒をリスペクトしているような状態の加奈には真緒と同じことがしたくてたまらない、つまり、急いて大人ぶっているのだ。
「真緒はもう中学生だし、恥ずかしいんだろうね」
それは真緒も同じなのかもしれない。DSを片手に所構わず走り回っていた真緒の態度は思春期のせいかどこか余所余所しく、夏希は寂しいとしょんぼりしていた。
楽しそうに話をするの声を、佳主馬は少し複雑な心境で聞いていた。昨晩まるで悪態でもつくような事を言ってしまい気まずい雰囲気になったというのに、今朝は何事もなかったかのようにおはよう、と迎え入れられ何とも思わないわけがない。高校生はまだ子供だし、とでも思われ当たり障りの無いように気を使われた結果なのだろうか。最後に見せてくれた笑顔で全てがチャラになっただなんて思わないし思えない、むしろ佳主馬の心が安らいでしまったくらいで。
「佳主馬どうしたの? 難しい顔して」
「え、あー…」
「あっ、プリキュアはつまらないよね」
実際にプリキュアを面白いと思っていたとしても面白いよ、なんて高校二年生の男子が言えるはずもない。も単純に話の流れと現在の状況を結びつけてプリキュアに辿り着いたのだろうが、それにしても着眼点がずれ過ぎている。どうしてこうもは、他人の事には隙が無いくらい敏感だというのに、自分のこととなるとまるで間が抜けたような事を言うのだろう。もしかして確信犯なのではないかと思わせるくらい、掠りもしない。
「いや、プリキュアじゃなくて」
「違った?」
「…昨日のこと。変なこと言ったと思って」
意を決して言葉にすると、ようやくも理解したよう。けれど差し支え本当に気になどしていないようで顔色一つ変えず、焦りや戸惑いを見せることはない。
「気にしてないよ、大丈夫」
その態度と口調におかしなところなど一つもなく、いつものそのもの、けれどむしろそれが変に気を使わせてしまっているように見えなくもない。考え出したらきりが無くて、これはもう強制的に思考を切断するしかないという結論に到着する。人生には開き直りというものが欠かせない、いつまでも後ろ向きでぐだぐだ考えていても終わってしまったことはどうにもならないのだ。ファンタジーな世界のように、簡単に時間を巻き戻すことは出来ないのだから。開き直り、少しでも前向きに考えるが吉。いつだって佳主馬はそうだったし、以外のことに関してはいつだて前向きだ、そう、以外のことに関しては。
(こんなに上手くいかないことは、姉以外には絶対ないよ)
「ねぇねぇちゃんはどの子がすきー?」
「そうだな、黄色い子かな」
「お兄ちゃんはねー紫色の子が好きなの!」
「…」
「へぇ、そうなんだ」
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