長く骨ばった男らしい指先は軽やかにステップを踏んでノートパソコン上のキーボードを叩く。ディスプレイには、健二には全く分からないプログラムが並んでいて何かを参考にするでもなくディスプレイを向いたまま淡々とプログラミングしている佳主馬に敬意を払う。プログラミングに関しては健二の友人でもある佐久間の方がエキスパートで、あの夏の一件以来佳主馬は佐久間とも連絡を取り合う仲になった。そしてとも。佳主馬がに連絡先を聞いて交換していたあの夏の日を思い出すと、まるで自分の事の様に嬉しくて微笑む。の笑みに動揺していた佳主馬は、まだ男の子と呼ぶに相応しい容姿だった。
(こんなに嬉しく思うのはきっと、二人のことが好きだから、かな)
勿論、一個人の人として、だ。
「何? 急に笑い出して」
徐々に歩みつつあると佳主馬の関係を微笑ましく思うと、つい口元が緩みだらしのない顔つきになる。たまたま偶然にも、というより納戸というこの狭い空間なら仕方のないことだけれど、佳主馬の目にとまってしまった。軽蔑するような、健二としては少々胸の痛む視線。
「健二さん気持ち悪いよ」
視線からも読み取れた台詞が佳主馬の口から声として発せられ、さらに胸に突き刺さる。
出会った頃に比べれば他人行儀さも薄れ、友人と呼んで相応しいのか健二には分からなかったが、遠慮がなくなってきたことがその証拠だと思っていた。佳主馬と知り合いというだけで恐れ多いのが本音ではあるが、自分では自慢の出来る所がないと思う自分の事を、佳主馬は尊敬してくれている。それがとても心強くて、嬉しくて。それだけでなく、夏希と恋人という関係になれたことも健二には前向きになれる糧となっていったのだ。
「すっかり佳主馬くんに身長越されちゃったなぁと思ってね」
と佳主馬の事を考えていたらついニヤニヤしてしまった、なんて言えるわけもなく誤魔化しには少し厳しい今更な事を持ち出す。佳主馬が健二の身長に追いついたのは中学3年生頃で、翌年にはすっかり追い越されていた、本当に今更。けれどどこか間の抜けている健二の言う事だ、佳主馬は特に不審にも思わずすんなりと話題を受け入れた。
「家系的なのもあると思う。おじさんたちも大分身長あるし」
「皆さん高身長で羨ましいよ」
陣内家の男性陣は皆背が高く、体系もがっちりと男らしい人ばかり。加えて佳主馬の場合は万助に鍛えられてきたこともあり、整ったその顔だけでなく体格も男前。陽に焼けた小麦色の肌が、その魅力をさらに引き立てる。女の子に間違えられるといって不満気だった時期があるとは思えないくらい、佳主馬の成長は親戚だけでなく佳主馬の友人たちも含めた皆を驚かせた。
同性である健二から見ても佳主馬はかっこいいと思える唯一の存在といってもいい。
(佐久間もそんなこと言ってたし、ボクは変じゃない、うん)
むしろ同性からの好感も高い人を異性は絶対に放っておかない、というか放っておけないのではないか。
「佳主馬くん、モテるんだろうなぁ」
さり気なくとの事を探るよう夏希に言われていた健二は、怪しまれないように無難な話題から入ることにした。実をいうと荷が重過ぎると初めは断ったのだが当然、相手が夏希であることも踏まえて断りきれず今に至る。しかし普段色恋沙汰の話についてはしない健二であるからして、佳主馬はすぐ違和感を抱く。
「珍しいね、健二さんがそういうこと言うの」
「えっ、そ、そう、かな?」
「うん、珍しい」
じっと佳主馬の視線が注がれ、うぅっ、と呻き声を上げそうになるのを呼吸と一緒にぐっと堪える。任務遂行ならず終了にはあまりにも早すぎる、せめて何か些細な情報でも入手して持ち帰らなければ彼氏としての面目が立たない。とは言うものの、分かっていたことだが健二には誤魔化して流すことも嘘をつくことも向いていない。健二は堪えきれずはぁっ、と勢いよく息を吐き出すといつものようにへらっ、とだらしのない笑みを見せた。
「やっぱ変だよね」
「健二さん、嘘つくの本当下手すぎ」
返す言葉もない。
「佳主馬くんとさんの事が気になってね、すみません。ボクのただの好奇心です」
「正直でよろしい」
「ありがとうございます」
佳主馬もようやく信用してくれたようで、瞳から疑いの色が失せる。夏希の差し金だという件については伏せたが健二の本音であることには間違いはない。
「って言われても、別に特別話すようなことはないけど」
「電話とかメールはよくするの?」
「たまに、かな。アバターチャットの方が多いかも」
nuとキング・カズマのアバターチャット、なんて豪華なんだろう。ぼやっとそんなことを考えていたら佳主馬のカウンター攻撃が発動し、自然と話がすりかわる。
「健二さんは?」
「え、僕?」
「夏希姉と」
照れくささを隠すように頭に手を回すが、表情は違う意味で緩みきっていて微塵も隠れていない。その上、佳主馬にに対する話題をかわされた事にも気付いていない。
「ウェブチャットとか、よくするよ。お互いの顔が見れるとやっぱ嬉しいよね」
その気持ちは佳主馬にもよく分かった。東京と名古屋では距離が離れすぎているし、そもそも佳主馬とはお互いにスケジュールを調整して約束を取り付けるような、健二と夏希のような関係ではない。せいぜいメールで短文のやり取りをしたり、少し電話で会話したり、時間があればアバターチャットするくらいのいとこ、という関係だ。ウェブチャットを好まないの顔は、直接でなければ見ることが叶わない。
「けど、ディスプレイ隔てても夏希さんを目の前にすると緊張しちゃって」
ディスプレイ超しだとしても好きな人が目の前にいることは変わらない、恥ずかしさのあまりに直視できずいつまで経っても目線はやや下を向いていたり、怪しく泳いでいたり。紛れも無く恋心を抱いている夏希であるからであって、が相手の場合にそんなことは一切なく冷静な態度で会話をすることができる。
「さんなら大丈夫なんだけどなぁ…、って当たり前だよね」
言いながら佳主馬を見ると眉間に皺を寄せて明らかに機嫌は良くない。
「それ、どういうこと?」
健二が好きなのは夏希で、健二と夏希は恋人同士、誰もが認知していることだ。勿論佳主馬だって分かっていることで、が佳主馬以外の男性である健二とウェブチャットをしているから、なんてそんな単純発想で勘違いをする頭じゃない。健二は、何か勘に触るようなことを言ってしまったのだろうかと、慌てて弁解することしか出来ない。この言い回しがよくなかったのかもしれないと、とりあえず手当たり次第に関して口にした話題を一つ一つ取り上げだそうとする。
「え、や、佳主馬くん、さんが素敵な人だってことは俺もよくわかっ、」
「つまり健二さんは、姉とウェブチャットしてるってこと?」
「へ?」
やはり勘に触ったのはその点だったのか、けれど先程の通り健二には佳主馬がそのくらいで勘違いするようには思えない。 だとしたら嫉妬、だろうか。ウェブチャットくらいなら、夏希と健二がするように、佳主馬とだってするだろうに。
「う、うん? そう、だけど…?」
「…へぇ」
それっきり健二が何度話しかけても、佳主馬は心ここにあらずといった状態で空返事だったり、酷ければ耳にすら届いていなかった。
(なんかボク、余計なこと言った、かも…?)
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